『華胥の幽夢』 小野不由美
| 華胥の幽夢(ゆめ)―十二国記 著者:小野 不由美 |
長編でしか語ることのできない物語があるのなら、
短編でしか語ることのできない物語がここに。
十二国記珠玉の短編集。
“10000HIT御礼 十二国記レビュー”もこの『華胥の幽夢』レビューで終了でございますか。読み始めたら止まらない十二国記シリーズ。頁を捲る手を止めることができずに、レビューだけが遅々として進まないというなんとも申し訳ない結果に終わってしまいまして、大変申し訳なかったです。どこが“御礼”なんだ…自分が楽しいだけじゃないか…という至極真っ当なご意見が聞こえてくる前にレビューを。
この『華胥の幽夢』は十二国記シリーズ(今のところ)唯一の短編集。収録されている作品は「冬栄」「乗月」「書簡」「華胥」「帰山」の5作品です。今回は1作品毎にレビューを。
「冬栄」
舞台は戴国。『黄昏の岸 暁の天』に詳しい戴の惨劇が起こる前のお話。泰麒が幸せの絶頂に居たころのお話。泰麒が笑顔で居られた短い時間のお話。
泰麒は主・驍宗から大任を授けられる。それは“使節として漣国を訪問すること”。驍宗から大役を任せられたことの嬉しさと、驍宗と一時とはいえ離れてしまうことの寂しさの間で揺れ動く心。そんな泰麒の不安を取り除くのは農夫・廉王。
漣国主従、プラトニック過ぎます!!
戴国が舞台と書きましたが、ある意味この作品の舞台は漣国です。廉麟が「本当にもう、困った方ね」と廉王を叱れば、廉王は“子どものように、ごめんなさい”ですからね!のんびり過ぎる!!王様業は仕事ではなくお役目だよと笑う廉王は、美味しい実(野菜)が生ると廉麟が喜んでくれるのがとても嬉しいと泰麒に告白します。廉麟ががっかりするだろうな、と思うと踏ん張って頑張らずにはいられない。自分を見守っていてくれる廉麟の目が一番の励みになると…うわぁ、究極だ。この廉国主従が私大好きです。『月の影 影の海』に登場した功国主従のように、その関係が破綻し切ってしまった国もありましたが、やっぱり王と麒麟は一蓮托生、切り離せないものなのですね。
そして、泰麒の子守(笑)・正頼も私の愛してやまないキャラクタのひとりです。あの泰麒に話しかけるときの優しすぎる言葉遣いが私のツボです。私の妄想の中で正頼は、20代後半で黒髪セミロング、例えて云うなら「アンジェリーク」のセイラン(おぉ、腐女子全開)的なイメージだったのですが、結構なおじいさんらしいですね(よよよ)。そんな正頼の戴国に訪れた災厄の中で生死不明とのこと。お願い、生きていて正頼。
そして、漣国から戻った泰麒に思い掛けないご褒美が。漣国主従に学んだ“自分のお役目”を一生懸命果たそうと誓う泰麒。泰麒が一番幸せだった時間が切り取られた「冬栄」。好きです。
「乗月」
舞台は芳国。慶国で現在下官を務める祥瓊がかつて公主だった国。主人公は祥瓊からかつて「簒奪者」と罵られた月渓と、役人に追われた祥瓊を助けた桓魋。そのふたりが膝をつき合わせて語る主題はやはり…祥瓊。
『風の万里 黎明の空』をお読みの方なら、祥瓊がいかようにして成長し、かつての自分をどれだけ恥じていたかお解かりかと思いますが、その様子を生で見ていない月渓にとってはまさに寝耳に水。信じられるわけが無い。ましてや、祥瓊の大切な父=先王を自らの手で討たねばならなかったことを、未だに悔やみ続ける男なら尚のこと。
でも、私は芳国次期国王に月渓が選ばれるような気がしてならないのですよね!月渓は峯麒が自らの前で膝を折ったときに、果たして「許す」と云うことが出来るのか。云えば完全に王たる地位を簒奪することになると、再び悶々と悩んでしまうのではないかと。そんなことより、麒麟は蝕に巻き込まれ過ぎというツッコミポイントが有ったのでした…。
「乗月」で私の一番好きな言葉は桓魋のこの言葉。
「王が玉座にある朝を日陽の朝だとすれば、王のいない朝は月陰の朝じゃないかな。月に乗じて暁を待つ-」
珠晶の「委細構わず叩き出す」も捨て難いのだけれど。
「書簡」
舞台は雁国。主人公は変なものをついつい拾ってしまう星の下に生まれた巨大ねずみ。楽俊です。陽子との文通が主題のこの作品。陽子にとって大切な、この世界で始めてできた友人だからこそ、空元気を貫き通す。互いに空元気であることはわかっていても、心配させたくない…違うな、頑張る自分を見ていて欲しい、見守っていて欲しいという気持ちでちょっとだけ真実を隠した手紙をしたためる。
雁国の大学に首席で入学した楽俊。「一番で入学して、卒業できた奴はいない」そんな伝説を覆して、自分の新しい道を切り開くために楽俊は耐える。半獣であることで馬鹿にされることもある。書物を齧る…そんな偏見を受けても、いつでも優しくいれる彼。やっぱり、楽俊は最高です。
楽俊が功国の次期国王になる…そんな妄想を膨らましてみたこともありますが、同じ姓の国王が続くことは無いんですよね。もし半獣の彼が国王になったら…朝は荒れるでしょうね。雁国や慶国の後ろ盾があったとしても。そんな中、楽俊はどんな国を創ってゆくのか見てみたい気がします。でも、慶国で冢宰クラスの官吏になるっていうのも…アリですね。
楽俊がこれからどんな成長を遂げるのか。十二国記は成長の物語。坂道を転げ落ちるように出番の減ってゆく彼ですが、いつか彼メインの物語(長編)が読めることを期待しております。
「華胥」
短編集タイトルにもなっている本作。舞台は才国。一国が滅んでゆく姿が描かれた作品です。才国の宝重・華胥華朶はそれを枕辺に差して眠れば、理想の世を、華胥の夢を見せてくれるという。皆に望まれて采王となった砥尚であったが、国は一度も富むことなく沈もうとしている。采麟の夢見る華胥の夢と采国が一度も重なることのないまま。
この「華胥」は若干ミステリテイストです。密室の中発見された死体と、密室から消えた人物。果たして密室から消失を成し遂げた人物がその殺人事件の犯人なのか?十二国記にミステリ的なものは特に求めていないのですが、小野不由美主上はこのミステリの中に国の崩壊と自我の崩壊を投影させたのだと思ってます。
才国は「風の万里 黎明の空」で鈴が助けを求めた国として登場しますが、登場するのは采王・黄姑と采麟だけですので、どんな国なのかいまひとつはっきりしないなかった一国です。この「華胥」では最後にちょっとした驚きが潜んでおります。そうきますかっ!と。このオチで「乗月」レビューで書いた月渓の次期国王説もあるな…と勝手に思ったのですがいかがでしょう?
それにしても、麒麟の失道というのは辛いですね。自らが選んだ王によって、自らの命と精神を失うことになる麒麟。王と麒麟は一心同体、その摂理を再確認した一作です。景麒あたりなら「やはり…」とか憎まれ口を叩きそうなものですが、無垢な少女そのものの采麟があのように変貌してしまう姿は見たくない。現才王・黄姑が華胥華朶を使うことなく、才麟に華胥の夢を見せてあげられることを願いつつ。
「帰山」
物語の舞台は柳国。しかし、登場するのは雁国縁の人物と、奏国縁の人物。共に気の向くまま風の向くまま放浪を繰り返す人物…といえば、あの二人しかおりませんね。名付けて帰山コンビ。
二人は沈みかけた柳国の街で偶然…むしろ必然のように出逢う。そして始まる国の終焉談義。奏国の御仁は云う、雁国が沈むときは「延王がその気になったとき」。民も官も台輔も残らず、徹底的に雁国は無に還る。雁国の御仁は云う、奏国が沈むときは「風来坊の太子が、この世に繋ぎ止められるのに飽いて、宗王を討つ」ときだと。
奏国はまだ笑い話だとしても、雁国は本当に起こりそうで怖いよ!
「死なない王朝はない」と、時々怖くなるという奏国の御仁。「永遠のものなどなかろう」と冷たく云い放つ雁国の御仁。どちらも国の中枢にあって、国が沈むときは自らの命が断たれるとき。その想いが彼らを前に奔らせる。
十二国記は本当にキャラクタが魅力的で、どこの国の主従・官吏も素敵な人間ばかりです。だからこそ国が前に進む、豊かになる、続いてゆくのでしょうが、彼らにもいつか終わりがくることを思うと、いつも胸がザワザワとします。それは、十二国記シリーズにもいつか終わりがくることを惜しむ気持ちと同等。このまま十二国の時が止まれば、彼らはいつまでも終わることなく生き続けるのかと思うと、それを望んでしまう自分もどこかに居るんですよね。本当に不思議な気持ちにさせるシリーズです、十二国記。
そうそう、「帰山」で最後に奏国の御仁が語る慶国の様子にいつも嬉しく思います。奏国の御仁に「今度の慶は、いい感じだ」と云わしめる景王・陽子。やっぱり彼女は良い女王になるよ。
陽子の活躍、泰麒のこれから、愛すべきキャラクタたちとの再会をいつか果たしたときに、またこの“十二国記レビュー”に新たな記事が追加されることを願いつつ。“10000HIT御礼 十二国記レビュー”を締めくくりたいと思います。読んでくださってありがとうございました。また皆様とお逢いできる日を楽しみにしつつ、さようなら。
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