2006年9月 4日 (月)

閉幕宣言

開幕は7月26日のことでございまいた。

本日、無事閉幕を迎えることができ、感無量。

1ヵ月弱でS&Mシリーズ+Vシリーズ+四季の24作品を読み切ろう!というなんとも甘い考えで始めたこの企画。

来る日も来る日も森博嗣…しんどい時期もありました。積読本はまだかまだかとプレッシャーを与えてくるし。

でも、一気に読んだことで奥深さと云いますか、これまで気付かなかった伏線やポイントに気付くこともできました。結果的にはかなり楽しい1ヵ月でしたね。ブログジャックのお陰で知り合うことのできた方もたくさんいらっしゃいますし。

ここまでお付き合いくださいました皆様、どうもありがとうございました!

これからの私の予定としては積読本を解消した後に、有栖川有栖の「国名シリーズ」か綾辻行人の「館シリーズ」、小野不由美の「十二国記シリーズ」このいすれかのシリーズレビューをやりたいなと思っております。いずれも10作程度のシリーズなのが助かる。このシリーズのレビューが読みたい!というリクエストがもし万が一あれば、そのシリーズから取り掛かろうと思っております。

これからも当ブロ愚を何卒何卒よろしくお願い致します。

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2006年9月 3日 (日)

『四季 冬』 森博嗣

四季・冬 Book 四季・冬

著者:森 博嗣
販売元:講談社
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真賀田四季。

彼女が求め、描いた世界とはどのようなものだったのか。

天才を映し出す『四季』四部作ついに完結。

ついにラスト!

この『冬』についてはもう難しくって、物語の半分も理解できていないことを最初に表明しておきましょう。

『すべてがFになる』からこの『四季』まで、真賀田四季博士に共通するキーワードは“孤独”です。孤独な7をレッドマジックの中に潜ませ、外の世界を手に入れた彼女。外の世界で得られたものは、自由ではなく孤独。

天才と呼ばれ、天才であることを周囲から期待され強要された彼女。彼女が欲しかったのは普通の愛と生活。しかし、その普通を彼女は得ることができませんでした。その要因は…彼女を取り巻く環境?それとも彼女自身?

この『冬』は犀川や萌絵と出逢った世界から100年後の未来。プロローグで犀川と名乗る人物が登場しますが、犀川先生の子孫でしょうか?100年の時が経過しても、四季の肉体は衰えを知らない。スワニィ博士の研究の成果でしょう。しかし、彼女は大人になり、その精神は随分と衰えをみせています。果たして肉体的な死を拒むことが彼女のしあわせなのでしょうか?彼女が最後に流した雨が、その答えだと思います。

この『冬』を私はどう評価してよいか未だに悩んでいます。真賀田四季という天才を掴みきることができない。未来の四季が置かれている環境への理解が追いついてゆかない。これが『秋』で犀川や萌絵に遭遇した5年後くらいの未来であるなら、なんとなくその影を掴むことができたかもしれません。しかし、経過した時は100年。彼女の思考・思想・倫理観は私たちとそこまでの相違がありましたか。しかも、時代はまだ彼女に追いついていない。100年経った未来であっても。

四季のすべてを掴むためには、この『四季』四部作の他に『女王の百年密室』を読む必要があるかもしれませんね。なんてったって、ミチルとの再会が待ち構えているのですから。ミチルと再会することで起こった彼女の変化。それが最後のキーになるのかもしれません。

この『冬』が四部作最後にあることで、森博嗣という作家の大きさがわかるような気がします。決して媚びない。落ちるべきところに落さない。謎を謎のまま残す。評価はまだ保留ということで。

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『四季 秋』 森博嗣

四季 秋 Book 四季 秋

著者:森 博嗣
販売元:講談社
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「犀川先生は真賀田博士のことをどう思っているのだろう?」

これが西之園萌絵の専らの関心事。

そして、その答えがここに?

これまで四季サイドから物語が綴られていた『春』『夏』と趣向を変えて、西之園萌絵サイドから現在の四季像に迫るのがこの『秋』です。

すみません、さっそくですがこの『秋』も全面ネタバレレビューです。もう口を噤むことはできません。未読の方はとにかくとにかくご注意を!

「古いお友達なのですか?」萌絵は犀川に聞く。
「知り合い」彼は短く答えた。

「知り合い」…保呂草さん残念!!

『秋』を語る上で外すことのできないふたつの出逢い。そのひとつが保呂草&犀川の再会です。いやぁ、犀川先生が保呂草さんに駆け寄り(駆け寄ってないです。妄想です)「あれ?保呂草さん?」「本当に?」と声をかけるシーン。このシーンでは犀川先生はまさしくへっ君でございました。くそぅ、めんこいじゃないか。「ありがとう。覚えていてくれて」と返した保呂草さんも素敵。あの場面(萌絵にひっ捕らえられている)でそんな風に微笑むことは普通できません。いやぁ、ジェントル。

なんかもぉ、四季を追うとかどうでも良くって(おい!)とにかくS&MシリーズとVシリーズの関係を綺麗にしておきましょう!というのがメインではないかと疑ったり。もちろん、その役割もあっての『四季』なのですが、少なくとも私にとってはそれがメインです。

話は戻りまして保呂草&犀川の再会シーン。エンジェル・マヌーヴァの件でツー・カーぶりを発揮する二人。犀川先生がお母さん(紅子)から聞いてる話ってのは、どんな話なんだ、一体。紅子が保呂草さんについて正直に語るとは思えないし…でも、世津子の母親(七夏)が保呂草さんを追い続けていることは知ってるし…泥棒でも友人…あぁ、知り合いだったか。とにかく、いろんな妄想を膨らませるのに充分な再会でした。たった数頁の再会でしたが、その数頁だけでS&M+V=20作を読んだ価値があったというものです。

そして、重要な出逢いのもうひとつが紅子VS萌絵。なぜ“VS”なんだ、自分。堂々たる母親っぷりでした、紅子さん。それに比べて林さん…チキンなんだから。この二人が遭遇して初めて、紅子&萌絵はかなり気が合うかも…と犀川先生の身の危険を感じました。紅子が好きそうですよね、萌絵みたいな女の子は。レスポンスの速さやその思考の飛躍が紅子好み。そもそも、この二人は保呂草さんが『捩れ屋敷の利鈍』で指摘しているように似ている。この二人に迫られたら…犀川先生じゃなくてもタジタジです。「少なくとも、その場に僕はいたくない」と苦笑いした犀川先生の気持ちがよくわかります(よよよ…)

そうそう、出逢いといえば保呂草&各務っていうのもありましたね。逃げられた女を追いかける男…そんな保呂草さん見たくない!私的には各務さんがぞっこん(ふ、古っ!)で、保呂草さんも嫌ではないからいっしょに居る…というような妄想シュチュエーションだったものですから、まさか保呂草さんが各務女史を追いかけてゆくとは。武器を持っていると思った、と捻じ伏せるほどいっしょに居て危険なことは解っているのに、どうしても追いかけてしまう罠。これが恋ってやつですか?保呂草さんには『赤緑黒白』のラストでみせた紅子のナイトをずっとずっと続けていて欲しかったです。紅子と保呂草さんの関係って、本当に好きだなぁ私。

そういえばGシリーズの山吹くんが登場しておりましたね。こんなところに次シリーズへの伏線が。侮れません、森博嗣。さて、ブログジャックも次の『冬』で終了です。『冬』は『夏』『秋』の路線からは大きく逸れてしまいますので(しかも難しい)、こんなノリノリのレビューにはならないと思いますが、きっと今日中にレビューできると思います。

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『四季 夏』 森博嗣

四季 夏 Book 四季 夏

著者:森 博嗣
販売元:講談社
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14歳の夏、彼女はひとりの男性に恋をし、そして両親を殺した。

すべては計算し尽くされたこと。

天才に触れる『四季』シリーズ第二弾。

いきなりですが、『四季 夏』のレビューは全面ネタバレレビューとなります。こんな美味しいネタを語らずにはいられません。もちろん、未読の方はご注意くださいませ。

おかえりなさい、保呂草さん☆

この『四季』シリーズを通して、なにが一番びっくりしたかって、各務亜樹良がいつの間にか保呂草さん無しでは生きられない女になっていたことです。保呂草さんと各務女史の間になにがあったのか…それは決して語られることのない物語ですが、彼女が幼少のころに失ったなにかを保呂草さんが補うことができれば素敵だと思います。

しっかし、保呂草さん。四季を誘拐して自らの目的を達しようなんて、末恐ろしい男ですね。保呂草さんといえば「決断が遅く、行動が早い男」だったはずなのですが、今回の決断はとにかく早かった。数分ではないでしょうか?それだけ四季という存在が大きくて、成功率を跳ね上げるファクターに成り得たということなのですが。あのとき、四季に誘われるまま、四季の手を取っていたら、保呂草さんの人生は720°変わっていたと思いますが(結局元に戻ってますよ!)、瀬在丸紅子・各務亜樹良・祖父江七夏という3強女性と対峙を繰り返した軟派・保呂草の中でエマージェンシィコールが鳴り響いた結果が“逃げる”という選択肢だったのだと思います。

そして、3強女性のひとり瀬在丸紅子。今回は四季の精神形成に大きな影響を与えた人物として登場です。紅子から得たスタイルを元に、子どもを身籠った真賀田四季。そして、紅子から産まれたへっ君と死闘(?)を繰り広げるっていうんだから、萌えるなっていう方が無理です。しかし、紅子と林さんの間にどんな変化があったのでしょうか?Vシリーズの頃は指輪なんてしていませんでしたよね?七夏もなんとなく諦め気味と云いましょうか、仕事に没頭することで忘れようとしているように見える。へっ君は現在、林さんの元で生活をしているようですが。“子はかすがい”ってやつですか?

そうそう、へっ君&紅子シーンがようやく登場。へっ君、ちゃんと喜多先生にお母様を紹介しなくちゃ駄目ではないですか。もしこの関係を知らずにこのシーンを読んだら…あぁ、親戚だったのだなぁと思うかいな!絶対に怪しいと思うはず。それはそれで衝撃的だったなぁ。あれ?ん?あれれ?とか云いながら首を捻る自分…容易に想像できて怖いわ。

そして、真賀田四季。彼女のあの気持ちは本当に恋だったのでしょうか?天才と呼ばれ、普通の人間が踏み込むことのできない領域に立ち続ける彼女。そんな彼女にも恋と呼ばれる普通の感情があったのなら…ちょっと素敵かもしれない。彼女の中に存在するすべての人格が拒否しても、押し切らずには居られなかった感情。行動。そして結果。すべてが計算から導かれた結末だったとしても、想定された結果の中で最もバッドなものであったと思いたい。あれがハッピィな結末であったのなら、真賀田四季、貴女は哀しすぎる。

それでは次回は夢の競演が果たされる『秋』です。これがまた最高です。再びネタバレレビューでお逢いしましょう。

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『四季 春』 森博嗣

四季 春 Book 四季 春

著者:森 博嗣
販売元:講談社
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天才・真賀田四季。

『すべてがFになる』よりも前、幼い彼女の前に現れた透明人間。

真賀田四季の世界に触れる『四季』シリーズ第一弾。

ようやく『四季』まで辿り着きました。

『四季』は春夏秋冬の4作で構成されておりますが、基本スタンスとして4作すべてで1作という扱いであるため、レビューが非常に難しいですね。作品の根底に流れる謎については『冬』で取り扱うとして(『冬』は『冬』で独立していると個人的に思っているのですが)『春』『夏』『秋』では細かい細かいレビューをやってゆこうと思っております。

『四季』は2ヶ月に1冊ずつ刊行というスタイルだったため、私は4作揃うまで読まない!とそれを封印しいていたのですが…『秋』を購入し、鞄に納めようとしたときに飛び込んできた“保呂草”という文字に過剰反応し、その日のうちに『秋』まで読破したという苦い思い出があります。『冬』は独立しているため、まぁ支障なかったかな?とも思いますが、『冬』の発売まで本当に長かったですね。

この『春』は四季の幼少時代について描かれておりますが、Vシリーズのメンバが何名か登場。『赤緑黒白』に登場したNMIの佐織や、謎の組織に所属する各務亜樹良、そして瀬在丸紅子との出逢いが四季サイドから描かれております。

この四季サイドというのが、侮れません。真賀田四季といえばいくつのも人格を所有する要注意人物。『春』ではすべて栗田基志雄の視線で、幼少の四季が描かれております。基志雄は『すべF』でもコンピュータに署名を残しておりましたし、それだけ大きな存在であることがわかりますね。ただ、その基志雄とこの基志雄が同一人物なのかどうかは…うむ、侮れませんな。

そして、四季が自ら接近を試みる透明人間。この透明人間が『春』のキーパーソンなのですが、まさか四季にお○様が居ようとは…。こんなこと、これまでのシリーズのどこにも描かれていなかったと思うのですが。この透明人間を主軸とした密室殺人事件が1本収録されているのですが、これはまぁオマケですよね。この透明人間にまつわるラストが、四季が初めて感じた挫折ではないかと思います。世界はすべて彼女の手中にあったのに、彼女こそが世界の神であったのに、神ですら制御できない動きがあったこと。彼女にとって彼は、世界を構築してゆくのに無くてはならない存在だったのに、それを失ってしまったこと。この喪失によって、彼女の世界構築は何年…いや何ヶ月遅れてしまったのでしょうね。

とにかく、『春』1作だけでは『四季』シリーズを語ることはできませんね。さっそく『夏』と『秋』の萌えずにはいられない2冊を読破したいと思います。

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2006年9月 2日 (土)

イチキューイチキューイチキュー字牌

なんちゅータイトルやねん、自分。

Vシリーズのベスト10をやるのに、タイトルはどうしようかと悩むこと5分。阿漕荘メンバが揃ったならば、やっぱり麻雀!と麻雀の役の名前をつけることはすぐに決まったのですが、じゃあなんの役にするんだと。天和(テンホウ・配牌で上がっちゃった!)なんかもVシリーズらしくって良いなと思ったのですが、国士無双の響きと馴染み易さと故事そのものの意味を考えたときにこちらかな、と。そうそう、昨日脳トレ(DS)をやっていたら、四字熟語問題で国士無○(双の字を答える)が出たのも無関係とは云い切れません。

さて、前置きが長くなりました。Vシリーズベスト10の発表です。

 1. 恋恋蓮歩の演習(6作目)
 2. 人形式モナリザ(2作目)
 3. 黒猫の三角(1作目)
 4. 捩れ屋敷の利鈍(8作目)
 5. 魔剣天翔(5作目)
 6. 朽ちる散る落ちる(9作目)
 7. 赤緑黒白(10作目)
 8. 夢・出逢い・魔性(4作目)
 9. 六人の超音波科学者(7作目)
10. 月は幽咽のデバイス(3作目)

こんな感じでしょうか。『れんれん』の1位は不動なのですが、今回も『モナリザ』と『デルタ』は悩みましたねぇ。4~6位だって、どれも好き。S&Mシリーズに比べて、個人的に好みの作品が多い。デバイスはちょっと除外…としても、読む時期や状態によって順序が入れ替わるであろうことが容易に想像できます。

やっぱりVシリーズの良さはキャラクタの多様さにあるのだと思います。私は阿漕荘メンバ4人、みんな好きです。保呂草さんは別格としても、紅子もれんちゃんもしこさんも好き。林さんの前で少女のように微笑む紅子は誰よりも素敵だし、哀しいときにしっかりと涙することの出来るれんちゃんも、いつでもどんなときでもその関西弁で場を和ませてくれるしこさんも、本当に良い子。森川くんだって、七夏だって、立松くんだって、みんな素敵。ここまで憎めない奴等の登場するシリーズって、なかなか無いと思います。

そして、謎の有り方がとてもシンプルで、解かせようとする森先生の意図が感じられる。謎の見せ方は言葉で煙に巻かれていて、決して容易に見渡すことはできないけれど、紅子や保呂草さん、れんちゃんのちょっとした一言が風となり、謎を取り巻いていた雲が晴れたときに、思わず膝を打ってしまうシンプルな謎たち。ミステリを読んでいて、ぞくっとする感触(ぞっとする感触ではなく)が一番気持ち良いと思っている私ですが、このVシリーズはその感触を何度も味あわせてくれました。感謝。

もっともっとVシリーズを読んでいたかったけれど(本当は15作の予定だったと風の噂で聞きました)『四季』や短編、Gシリーズで垣間見る彼等の活躍でいまは満足しております。また彼等が阿漕荘で麻雀をする日が来ますように。

国士無双とかやってのけるのは、やっぱり紅子さんだと思います。

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『赤緑黒白』 森博嗣

赤緑黒白 Book 赤緑黒白

著者:森 博嗣
販売元:講談社
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死体にスプレー缶で色を着けてまわるペインタ殺人事件が発生。

赤、緑、黒、白と次々に死体が彩られてゆく。

Vシリーズ最終巻にして、衝撃のラスト。

ラスト5!!

ついにVシリーズ終焉まで辿り着きましたか。『四季』四部作については一段組な上、息もつかせぬスピード展開で、あっと云う間もなく読めてしまうことが実証済ですので、もうゴールテープが見えてきたと云っても過言ではないでしょう。今週末中に…は勿体無いから止しておこう。

さて、この『赤緑黒白』は衝撃的な出来事が多数起こっておりますので、そのあたりは後程、ネタバレ警告をしてからたっぷり語りたいと思います。たっぷり。このネタバレがやりたくて、ここまで読んできたと云い切っても良いです。

森博嗣作品は、シリーズ1作目と10作目がリンクするという特徴があります。S&Mシリーズの『すべF』と『パン』はかの天才が、Vシリーズでは特定の人物ではなく殺害の動機がリンクしています。殺してみたいという衝動がすべてのきっかけで、その衝動を一般レベルに広く理解させるためになされたオプションがぞろ目やペインタ。そもそも、そんなオプションを付けなければ、衝動的な殺人を続けていけば、彼等は一生捕まることなく快楽を享受することができたのに、なぜそのような理由付けをせずにはいられなかったのか。『デルタ』ではその理由を「自分自身を抑制するために」、『赤緑黒白』では「自分の存在が有益なものであるとアピールするために」と表現されております。この理由付けを考察するたびに、彼等ふたりの殺人者は「天才ではなかった」んだな、と思います。真の天才ならそんな理由付けすら必要ない。一般に理解してもらう必要は無いのです。かの関根朔太がそうでした。そして真賀田四季がそうなります。理由付けをしてしまう時点で、彼等の思想は一般レベルにまで堕ちてしまっている。「自分自身を抑制するために」…なぜ抑制しなくてはならないのか。「アピールするために」…アピールなどしなくとも、気付くべくして気付く真の天才が居るでしょう。彼等は柵を超えてしまったけれども、柵の向こうは必ずしも天才ではない。ならば天才とは一体なんなのか。森作品を読むと、どうしても天才について考察せずにはいられないようです。

さて、よくわからない考察で行数を稼ぎましたので、そろそろネタバレの時間を開始しましょうか。これで、当ブロ愚を開いた瞬間にネタが読めてしまうという心配はないでしょう。配慮が必要なほど、この衝撃は直に感じて欲しいものです。では、ネタバレです☆

犀川先生の少年時代が読めて、私は幸せでございました!

貴方の歪んだ人格もとい捻くれた…って、全く褒め言葉が思い浮かびませんが、とにかく犀川先生の人格形成に大きな影響を与えたであろうこの時期。そりゃ、両親が離婚して、引き取られた母親があんな奇天烈斎な人だったら、あんな風になるわ。喜多先生という友人が犀川先生に出来たことは、まさに青天の霹靂。最高の出会いだったと思います。

というわけで、へっ君=犀川先生。衝撃のラスト、林さんが持ってくる入学祝いに書かれた“○川 林”。○はもちろん犀。犀川林…『デルタ』で紅子さんが仰った「林さんって、変わった名前でしょ」の意味がここで!変わりすぎだよ!これまでの私の人生で、林さんというファーストネームの御仁にお会いしたことはございません。

シリーズを通してこのへっ君=犀川先生に気付くポイントは、瀬在丸紅子のイニシャルがC・Vなのに対し(『六人の超音波科学者』)へっ君が使っていたサッカーボールに書かれたイニシャルはS・S(『朽ちる散る落ちる』でしたか?)。瀬在丸のCでも、林のHでもないSって名字はなんなんよ?ってところでしょうか。

そして、Vシリーズの時代設定が過去であることについて。これは登場人物全員が携帯電話を所有していないことや、『超科学』『ちるちるちる』などで描かれる科学が古く、既に実現しているものがいくつか含まれていることなどで察することができます。つまり、シリーズで常に孤独な作品で有り続ける8作目『捩れ屋敷の利鈍』のみが現在。ダンディズム・保呂草☆と絶叫した私ですが、保呂草さんはあの作品のときに50歳くらいのおじさまだったことになります。そして、『捩れ屋敷』で登場した保呂草さんの古い友人とは犀川先生のこと。20歳近くお歳が離れておりますが、保呂草さんとへっ君の仲の良さはこの『赤緑黒白』でも証明されておりますし、これからレビューする『四季』でも描かれております。

この衝撃のトリックを私が知ったとき(『捩れ屋敷』のあとネットで)は、あまりのことに一晩寝られず、既刊のVシリーズを一気読みしました。指摘されてみると、どれもこれもおかしい。そんなこと全く気が付かなかった自分に嘲笑。皆様はVシリーズのどのあたりでこのトリックに気付いたのでしょうか?ぜひ、お聞かせください。

というわけで、愛しの保呂草さんが阿漕荘を去り、その後どのような世界を見てまわったのかはまた別のお話。『四季』に保呂草さんがメインで登場したときは衝撃だったなぁ。しかも彼女と一緒だっただなんて。れんちゃんとしこさんについても『レタス・フライ』収録の「刀之津~」で語られておりますので、彼等のその後が知りたい方は是非。

この大トリックと保呂草さんの存在が、私の中で「S&MよりもV!」と云い切るすべてになっております。是非、皆様もVシリーズ10作をお楽しみください。

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2006年8月30日 (水)

『朽ちる散る落ちる』 森博嗣

朽ちる散る落ちる Book 朽ちる散る落ちる

著者:森 博嗣
販売元:講談社
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“あの”土井超音波研究所の地下で発見された密室と死体。

誰がどのようにして密室を作ったのか。そして死んでいたのは一体誰なのか。

死を前にした数学者の本当の狙いとは?

ラスト6!

この『朽ちる散る落ちる』は「纐纈さんのお嬢さんが登場して、へっ君が誘拐され、ラストの保呂草さんがカッコイイ巻」という記憶しかなく、土井超音波研究所が再登場して一番びっくりしたのは私です。『六人の超音波研究所』を読んだときに感じた「あれ?地下室って登場しなかったっけ?」という違和感はある意味、間違っていなかったようです。

この『ちるちるちる』(我ながらすごい略し方)は、くどいようですが『地球儀のスライス』に収録されている「気さくなお人形、19歳」を読んでからお読みになった方が良いです。でないと、れんちゃんの涙の意味も、纐纈のお嬢さんの登場も、デコイチも、すべて色褪せてしまいます。「気さくなお人形、19歳」ほど存在感のある短編は森作品では珍しいですね。

『ちるちるちる』では『黒猫の三角』に登場した数学者・小田原博士が重要なキーパーソンとして登場します。小田原博士の昔話なんて、すっかり忘れていたものだから、素でびっくりしてしまいましたよ。小田原博士は紅子に絶大な信頼を寄せておりますね。そして、小田原博士も紅子も超越している。シャトルの謎と土井超音波研究所の謎、「なにか関係しいているに違いない」とは思っても、ああも容易に結び付けられてはCIAも立つ瀬無しってなもんですよ。ミステリでは「犯人やトリックをなんとなく想像するのと、確信するのでは一と百もの差がある」と(いうニュアンスのことが)云われていますが、紅子には百馬身以上の差を付けられて、ぶっちぎりで逃げ切られた感じです。

そして、今日のへっ君のコーナーをここで!『ちるちるちる』ではこれ以上無い!ってくらいへっ君にスポットが当たっておりますね。へっ君誘拐未遂(狂言?というか唯の勘違い)がこの『ちるちるちる』では起こります。「林さんのためならへっ君を殺せる」というのは紅子の弁ですが、母たる紅子を見ているとへっ君は愛されているなぁと感じます。へっ君は森川くんに車に乗せてもらえるという僥倖に恵まれて、兼ねてからの計画を実行したのでありますが、そこには紅子と七夏と林がみんなで喧嘩をおっぱじめるのではないかという遠慮と配慮がございました。なんて奥ゆかしい小学生…よよよ。へっ君、良い?へっ君はそんなこと気にしなくて良いのよ。林さんはまぎれも無く君のお父様(このへっ君の「お父様」発言にはかなり萌え)なのだし、林さんのことをもっと知りたいと思ったのならどんどん接点を持てば良いのよ。林さんが君を忘れることなどないのだから。君は愛されてこの世に産まれて来たのだから。あぁ、へっ君頑張れ!

そうそう、ラストの保呂草さんがカッコイイ。纐纈のお嬢さんにとって、保呂草さんの手によってもたらされたアレは、どんなものにも代え難い最高の贈り物だったでしょう。さらっとそれをやってのける保呂草さんが素敵☆そんな素敵な笑顔まで贈ってしまったら、纐纈のお嬢さんでなくともお礼をしたくなるってなものです。保呂草さんも素敵な時間を過ごせて、本当に良かったですね。

さて、Vシリーズも次作『赤緑黒白』で終焉を迎えます。伝説のサプライズが控えておりますので、とにかく楽しみ。事件自体は大したことなかったように記憶しておりますが。Vシリーズも10作読み終えた時点でベスト10企画をやってみようと思っております。ブログジャック終了までもう一踏ん張りですなぁ。

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2006年8月28日 (月)

『捩れ屋敷の利鈍』 森博嗣

捩れ屋敷の利鈍 Book 捩れ屋敷の利鈍

著者:森 博嗣
販売元:講談社
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エンジェル・マヌーヴァ。それは保呂草が追い求める伝説の宝剣。

保呂草がそれに手を懸けたとき、現れたのは…西之園萌絵!?

S&MとVシリーズがついにリンクする!!

ラスト7にして、この衝撃作がついに!

保呂草VS西之園萌絵!!

この『捩れ屋敷』は発売当初“密室本”として発売され、中身が読めない仕様になっておりました。イヤラシイ雑誌の袋とじを開けるようなドキドキワクワク感を胸に、真っ黒な密室に手をかけたあの頃…中身はその期待に充分に応えてくれました!

ノベルス背表紙のあらすじは私ほどんと読まないので、赤いフェラーリが薄オレンジのビートルを追い越していったときには「まさかっ!」と胸躍りました。そして奇跡の西之園萌絵登場。西之園萌絵登場!いやぁ、密室本第一弾に相応しい、最高の一冊だとその時点で確信しました。まだエンジェル・マヌーヴァどころか事件すら起こってないのに…。

この『捩れ屋敷』で注目すべきは

ダンディズム・保呂草☆

西之園萌絵にすっかり興味を持たれたご様子。西之園萌絵に見え隠れする紅子の影を追っている…と云うほうが正しいでしょうか。その類似点に最初に気付いたのは保呂草ではなく、保呂草の古い友人でございますが。古い友人とは誰なのか?これがVシリーズ最大の鍵でございます(これは本文でも触れられているため、ネタバレにはならないですよね?)しかし、保呂草さん。エンジェル・マヌーヴァを手にしたことで、引退までお考えになっておられるようですが、まだまだ現役ではないですか。西之園萌絵をも魅了する、その手腕をまだまだ活かしてくださいませ。その魅惑のスマイルを私に!!

この『捩れ屋敷』には密室がふたつ(大密室と小密室と名付けましょうか)登場しますが、どちらも遊び心に溢れていて魅力的です。数学の授業では図形が最も苦手だった私は、大密室の構造を理解するのに若干の時間を要しましたが、『捩れ屋敷』を三次元化したモデルをネット上で拝見したことで、かなりクリアになりました。あんなもの本気で建設しようなんて、正気の沙汰じゃない。一度くらいならお邪魔したいかな?と思いますが、あんなところで瞑想するなんて真っ平御免ですね。忍者屋敷の斜め部屋ですら、ちょっと酔ってしまうのに…。その点、小密室の方は遊び心がそのまま具現化した可愛らしいもので、金持ちの道楽と表現するのに相応しいと思います。観察する時間さえ与えられれば、きっと解けるでしょう。だからエンジェル・マヌーヴァを私に下さい。そのまま保呂草さんにプレゼントする可能性は無視していただけると助かります。

って、長々と密室について講釈を垂れましたが、この『捩れ屋敷』の問題作たる所以はそんなところにはございません。なぜ紅子が「西之園萌絵に近づいてはならない」と保呂草に釘を刺したのか。そして、なぜ保呂草はその忠告に素直に従ったのか。本作に登場する保呂草の古い友人とは一体誰なのか。謎を残したままVシリーズは終焉へと向かいます。すべてが明らかとなる衝撃のラストまであと2作。しびれる…。

今日のへっ君は本作ではお休みさせていただきます。

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2006年8月27日 (日)

『六人の超音波科学者』 森博嗣

六人の超音波科学者 Book 六人の超音波科学者

著者:森 博嗣
販売元:講談社
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瀬在丸紅子、小鳥遊練無が招待された超音波科学研究所で殺人事件が発生。

唯一のアクセス経路である橋が爆破されて?

Vシリーズ7作目。雪の(?)山荘もの!

ラスト8!

森作品はどの順から読んでも差し支えない…というのが森先生の弁ですが、この『超科学』(なんて略し方!)は『地球儀のスライス』に収録されている「気さくなお人形、19歳」を読んでからの方が良いと思われます。読んでいないと、れんちゃんがこの研究所に招待された経緯が掴めない。「気さくなお人形、19歳」を読んでおいた方が良い作品にはVシリーズ9作目『朽ちる・散る・落ちる』というのもありますが。

さて、この『超科学』はストーリー展開がとても魅力的なのに対し、その解決が私のとても嫌いなものであるという理由から、敬遠していた作品のひとつです。再読してみて「結構アリかな?」とは思いましたが…『れんれん』と『捩れ屋敷』という私の中でもアツイ(その理由はもちろん彼です)2作に挟まれているため、やっぱり印象には残り辛い。

『超科学』にはかなりショッキングな出来事もありますしね。れんちゃん…もう危険なことからは足を洗ってください。紅子&保呂草は危険過ぎます。麻雀なら森川くんとネルソンとやってください。

この『超科学』の内容紹介で私は“雪の山荘”ものであると紹介しておりますが、この作品群の特徴として警察の科学捜査が介入しないという犯人側の利点があげられます。でも、その利点は一時的なものであって、時間の経過とともに利点は欠点へとスライドする。科学捜査を排除したい多くの理由は、科学捜査を行えばすぐさまトリックや犯人を特定できてしまう可能性があるからです。ならば警察の突入までにその証拠を隠滅してしまえば良い?しかし、完全にその証拠を始末することが可能でしょうか?警察の科学捜査ってその程度のお粗末なものなのでしょうか?私はこの“雪の山荘”ものがその場凌ぎの浅はかな案に見えてしまってならないのです。いや、ミステリファンとして、ついゾクゾクしてしまうんですけれどね…。

この『超科学』はVシリーズに仕掛けられた大トリックを解明する上で、解り易い・キーとなる作品かもしれません。理系の方ならすぐに気付けるかもしれない。完全文系の私には無理でしたが…。

次回はシリーズ8作目『捩れ屋敷の利鈍』。S&Mシリーズ8作目『今はもうない』と同様に、孤独な作品と云えましょう。犀川&萌絵の再登場もありますし。楽しみ楽しみ☆

さて、最後に今日のへっ君のコーナー。えーっと、長い棒が云々なんておっそろしいことを小学生の身空でお考えになるのはお止めください。弾力性がどうしたなんて仰られても、私きっと理解できません。もし貴方とふたりっきりになったら、きっと私は「馬鹿な大人だな」と思われてしまうのでしょう。それとも、既に貴方にとっては大人はすべて馬鹿ですか?

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2006年8月25日 (金)

『恋恋蓮歩の演習』 森博嗣

恋恋蓮歩の演習 Book 恋恋蓮歩の演習

著者:森 博嗣
販売元:講談社
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豪華客船で起こった人間と絵画の消失事件。

鳴り響く銃声、人間が海へと落ちる音、泣き崩れる女性。

豪華客船で錯綜する人間の思惑と悪意とは?

も、残すところ9作。9作って案外あるんですけれどね。

さて、ついにこの『れんれん』のレビューを書く日がやってきました…。

『れんれん』大好きなんです、私☆

私のVシリーズを読む眼は邪なので、いかに保呂草さんが活躍…くどい?『夢・出逢い・魔性』がれんちゃんの作品だとしたら、この『れんれん』は保呂草さんの作品といっても過言ではありません。保呂草さんの、保呂草さんによる、保呂草さんのための作品。あらすじの“絵画の消失”って件で、ここまでVシリーズをお読みの方ならお解かりかと思いますが、保呂草さんが当然のように暗躍しております。嗚呼、保呂草・愛。

でもね、保呂草さん保呂草さん云っているお馬鹿な私ですが、この『れんれん』にはもうひとり飛びぬけて素敵な人物が登場します。

羽村怜人さん、結婚してください☆

こんな素敵な人って、いるでしょうか?ひとまわりも年の差がある男性との恋愛なんて、私の通常モードの思想にはプログラムされていないのですが、羽村さんだけは別です。あの女性慣れしている雰囲気がまた良い!そんな雰囲気を身に纏って、あんな甘い言葉を囁かれたらイチコロです(死語?って死語?)ごめんね、保呂草さん。でも、作品冒頭の貴方の言葉(名前など対象を認識するためのプロコトルって部分ね)はしっかり理解しておりますので、安心してくださいね(安心などするわけがない)

『れんれん』は事件性は薄いため、私のように保呂草さん命でないと楽しめない作品かもしれませんが、『魔剣』から連なる関根朔太関連のシーンにも注目して、保呂草さんの仕掛けるマジックに酔いしれて欲しい一作です。

そうそう、Gシリーズを既にお読みの方はご存知の赤柳さん。保呂草さんと赤柳さんは“同じ船に乗った仲間”であるとのことですので、この『れんれん』はその意味でも注目して読んでみました。ここからちょっと妄想ネタバレします!“同じ船”云々はそのままの意味ではないと思いますので、赤柳さんがこの作品の登場人物であると本気で思っているわけではないのですが、可能性があるとしたら美男子村田?でも、各務女史が赤柳さんを知らなかったことから、この美男子案は却下。やっぱり“同じ船”=阿“漕”荘なのかしら。れんちゃん、しこさんは『レタス・フライ』収録の「刀之津~」で除外できるから…森川素直くんではないか、というのが私の妄想。あの無口な男が、ああなるか?という疑問はさておき。でも、赤柳さん自身が「色々あって、自分も変わった」と仰っているし。赤柳さんが四季を追う理由は…四季のお手伝いさんだった森川須磨さんに関係あったりして?なんて、妄想に花を咲かせる私。Gシリーズ最後にはこの謎が明かされるのかしら?

さて、『れんれん』にはへっ君の登場シーンがありませんねぇ。『魔剣』で登場しすぎた?保呂草さんに買ってもらった地図帳で、世界を旅してくださいね。

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2006年8月23日 (水)

『魔剣天翔』 森博嗣

魔剣天翔 Book 魔剣天翔

著者:森 博嗣
販売元:講談社
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アクロバット演技中のコクピットの中で、パイロットが射殺された。

コクピットは二人乗り。一緒に搭乗していた女性記者が疑われるが?

Vシリーズ折り返しの第5弾。

カウントダウン開始!残り10作。

この『魔剣天翔』はVシリーズの中でも好きな方に分類されます。Vシリーズはとにかく好きか、とにかく苦手のどちらか。その基準は保呂草さんがいかに輝いているか、唯それだけなのですが…。

『魔剣』のトリックは“なぜ後部座席に座っていたパイロットが後ろから射殺されたか”この一点に絞って考察してゆけば正解に辿り着けるはず(これはネタバレになってないですよね?あらすじに書いてあるし…)事件が発生した飛行中の記述も、巧いこと書かれていて「あぁ、地の文で虚偽の記述は無い無い」と独りで感心しておりました。

『魔剣』の最大のキーは各務亜樹良女史とエンジェル・マヌーヴァです。エンジェル・マヌーヴァはこのあと『捩れ屋敷』でも登場いたしますが、各務女史とも以後長いお付き合いになるとは思っておりませんでしたよ。『れんれん』で早速再登場しますし。この二人、あまり相性が良いとは思えないのですが。保呂草さんが生涯、執着を持って接する女性は瀬在丸紅子唯ひとりだと思います。保呂草さんに執着という言葉は似合わないのですが。彼は一時それを所有したという余韻だけで一生楽しむことができる男ですから(なんだか変態的でございますね)

この『魔剣』のれんちゃんはとっても切なくて、「よし、お姉さんの胸でどんどん泣きなさい」とつい声をかけてあげたくなります。大好きな女装も封印して、ひとりの男として憧れの対象と対峙するれんちゃん。憧れの人と拳を交し合ったことで、彼のなかでなにが変わったのか。どんな過去が、彼が流した涙のなかに潜んでいたのか。決して語られることのないストーリーだけれども、勝手に想像してはれんちゃんがまた一段と好きになる。『魔剣』はれんちゃんの作品だったと思っております。

そうそう、先日お絵かき掲示板でこんなものを描いてみました。何故、金髪なんよ?

Photo





















勝手なイメージ。フリルとか超適当じゃないですか。

さて、『魔剣』にはへっ君の登場シーンがたっくさんでお姉さん嬉しい☆紅子さんに飛行機のメカニズムを解説してもらうへっ君。お姉さんはひとっつも理解できなかったのですが、君はしっかり理解しておりましたね。お姉さん、疎外感。このショーは、彼の中でとても良い想い出となったものと信じております。母と子のメモリー。願わくば、粘土工作はざる蕎麦ではないものをお作りくださいまし。

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2006年8月20日 (日)

『夢・出逢い・魔性』 森博嗣

夢・出逢い・魔性 Book 夢・出逢い・魔性

著者:森 博嗣
販売元:講談社
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テレビのクイズ番組≪クイズ・サーティ・女子大生です・お答えします≫に参加するため、那古野から上京してきた阿漕荘メンバ。

テレビ局で発生する殺人事件にまたまた巻き込まれ?

Vシリーズ第4弾!

も、残り10冊のカウントダウンができるようになりますね。

この『夢・出逢い・魔性』の英語副題は「You May Die in My Show」。『封印再度』と趣向としては同じですが、文章が長い分こちらのほうが秀逸かな?と思っております。内容との整合性ならば『封印再度』に軍配が上がりますが。

さて、この『夢・出逢い・魔性』はれんちゃん大活躍。ちょっとだけ、れんちゃんらしくない行為と云えますが、それは青少年として可愛い女の子に頼まれちゃったら断れないというか、好みの女の子に泣かれちゃったら青少年として放っておけないと云いますか。とにかく、邪です(←違うって)

そういえば、れんちゃんの女装についてレビューしたことは無かったですね。この女装は「小鳥遊練無をよく知っている人間にとっては当たり前のことであるし、知らない人間にとっては練無が女装をしていることにも気が付かないのだから、誰にも迷惑をかけない」というスタンスのものです。そもそも、女性はの男装については“男装の麗人”なんて言葉があり(宝塚もある)一般的に許容されているのに対し、男性の女装ってどうして変態的行為と見做されてしまうのでしょうか。最も考えられるのは報道番組等でこの手の行為が犯罪行為として取り扱われるケースが多いからでしょうか。れんちゃんのようにその女装がとても似合っていて、誰にも迷惑がかからない場合については全く問題ありませんよね。誰にも不快感を与えないし。もし、れんちゃんほど女装が似合わないケースについては自宅でこっそり女装をすれば良い。どうしても女装を披露したい場合には、そういった趣向を持つ方が集まる場所(ありますよね?)で披露すれば良い。ただ、それ以外の場所で披露し、他人に不快感・不信感を与えてしまった場合は報道の対象になる。報道される場合は大抵、変質的な行為として紹介される。その思考が周知のものとなる。よって、女装そのものが変質的行為として認識されることになる。

うん、長々書いた割にわけわかめな様相を示しておりますな。ようするに、女装なんて個人的な趣味趣向なので、誰にも迷惑がかからないならば他人がどうこう云う筋合いはないということです。『夢・出逢い・魔性』はテレビ局を題材にしたミステリでしたので、ちょっと報道に対する警鐘と共に書いてみたかったという程度なのですよ。つまり、私のスタンスとしてはれんちゃんの女装が見たいということです。

さて、この『夢・出逢い・魔性』は○○トリックが使われているのですが、これには「10年後人類は滅んでいませんよね?」的な文章のレトリックを使って読者をミスリードさせようという森先生の意図が感じられます。このトリックを知っていて読んだ私だって、地の文で嘘書いてあるんじゃないの?と3回読み返しましたもの。キャラクタ的には私とっても好きな方でしたので、またどこかで登場して欲しいな、と思います。まさかGシリーズの正体不明なあの方?(←無い無い)

トリック的には若干アンフェアかな?と思いますが(十戒か二十則に抵触している)れんちゃんがかわゆいので良いや。

さて、最後に今日のへっ君のコーナー。今回もへっ君自身の登場はありませんでしたが、東京のお土産といえばひよこだと云うへっ君のこだわりに私も同意したいと思います。そうそう、コーンフレークをお腹一杯食べられて本当に良かったね、へっ君。

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2006年8月19日 (土)

『月は幽咽のデバイス』 森博嗣

月は幽咽のデバイス Book 月は幽咽のデバイス

著者:森 博嗣
販売元:講談社
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オオカミ屋敷と噂される篠塚家のパーティに参加した阿漕荘メンバ。

そこで発見される血まみれの死体。しかし、死体のあったオーディオルームは密室状態で。

Vシリーズ第3弾。

も、ちょっと夏バテ気味です。

「デバイス」とは回路・システムの構成単位のことですが、日本語にしたって意味はよくわかりません。森作品のタイトルは得てして理解し難いものですが、日本語としての意味もよくわからないのはこの『デバイス』が筆頭でしょうか。

この『デバイス』は個人的感想として、あまり好みの作品ではなかったりします。や、館モノですか?綾辻行人氏の「館シリーズ」だと、こういう作品がくる!と事前に心構えができているので、すんなりと物語に入り込むことができるのですが、いきなりこの趣向の作品を読むとなんだか裏切られた気がするのです(あくまでも木の精。wood fairy)

このVシリーズには表の探偵と裏の探偵が居て、表は瀬在丸紅子、裏は保呂草潤平なのですが、彼らは解決へのアプローチ方が異なります。紅子が静であれば、保呂草は動。紅子がミス・マープルなら、保呂草はエルキュール・ポアロ(ポアロは違うだろ…ポアロは。ミス・マープルからの勝手な決めつけ)とにかく、解決編が始まる段階で、どちらも真相に気が付いているのですが、紅子は全員が観察した(できた)事象から真相を掴むのに対し、保呂草はやくざな仕事から知りえた独自の情報を活かして真相を掴みます。保呂草方式はアンフェア。でも、一人の探偵が起こった事象のすべて(表と裏)を把握できるとは思えず、読者に対してサービスする姿勢として生まれたのが裏の保呂草ではないかと、勝手に推測しております。

この『デバイス』で、保呂草さんのやくざな仕事の目的が明かされましたが、自分好みの作品を一時でも所有し、鑑賞できるというのは大変至福なことだと私も思います。私には美術品を鑑賞するという趣味は全く無いのですが、その作品を自分の思うまま、誰にも咎められることなく、余すことなく鑑賞できるという行為の崇高さや幸福感は想像することができます。その幸福を手に入れるために為す行為は犯罪ですが、保呂草さんにとっては法と危険を犯してまで手に入れたいものなのでしょう。一度くらいなら、お仕事をお手伝いしても良いのよ、保呂草さん。

さて、『デバイス』にはへっ君登場シーンが多くて嬉しい。へっ君が現在最も興味関心を抱いているのは植物の導管に関することです。紅子に聞くと「自分で調べなさい」と怒られるため、独り図書館に残って資料をあたるへっ君。めんこい。しかし、小学生に気圧と真空の仕組みを教える紅子も紅子ですが、それを正しく理解しているへっ君もへっ君です。聡明すぎます。そこが魅力的なのですが。独り閉じ籠ってなにかを考察する姿勢は、このころに築かれたものなのですね…。

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2006年8月16日 (水)

『人形式モナリザ』 森博嗣

人形式モナリザ Book 人形式モナリザ

著者:森 博嗣
販売元:講談社
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小鳥遊練無がアルバイトするペンションにやってきた阿漕荘メンバ。

避暑地で巻き起こる連続殺人事件。

犯人は神?それとも悪魔?

Vシリーズ突入で気分も一新。

この『モナリザ』も『デルタ』に続き、好きな方に分類される一作です。『デルタ』がキャラクタ紹介に多くの頁を割いていたのに対し、この『モナリザ』は全面ミステリ色。とはいっても、トリックは結構容易で、紅子さんや保呂草さんと同時にトリックを解明することが可能だと思います。解決編で紅子さんが語るアプローチ法に気付けば、一目瞭然。

S&Mシリーズではwhy?ではなくhow?にとにかく主軸が置かれていたのに対し、このVシリーズではhow?ではなくwhy?に主軸が置かれることが多い。『デルタ』も『モナリザ』もそうでしたね。だからといって、why?ばかりを追い求めたふにゃふにゃなミステリ(動機から犯人を解明するタイプのミステリって、一番苦手なんです、私。だって、解るはずがない。自分以外の人間の思考なんて。自分の思考だって暴走することがあるのに)にはならないところが森博嗣のすごいところです。

哲学的と云いましょうか。絶対に犯人がそんな崇高なこと考えているとは思えないのですが、紅子さんも保呂草さんも人生の酸いも甘いも経験してきているだけに、れんちゃんはなまじ頭が良いだけに、思考のハードルが高い。そこでしこさんの出番なわけですが。しこさんは、哲学者3人と世間との中和剤。彼女がいなかったら、きっとこの4人のレールは併走することが無かったと個人的に考えます。しこさんは保呂草さんさえ諦めてくれれば(このコメントに個人的な感情は一切含まれておりません)もっともっと良い子なのに。

さて、『モナリザ』にいよいよ祖父江七夏が登場致しましたね。祖父江さんと彼女の娘が一度だけ見せた核の部分は本当によく似ている。どちらも強い女性ですね。その意味では祖父江さんも嫌いじゃない。やっぱり悪いのは林さんなんだよ。なんで林さんばっかりもてるんだよ…。祖父江さんと紅子さんがどうやって和解したのかを想像するのが私の趣味です。二人とも林さんに見切りをつけて仲良くなった…なんてシチュエーションが多いのが玉に瑕。だって、事実に反しているもの。

この『モナリザ』で私が一番気に入っているのが、ビートルのエンジンのくだり。街でビートルを見かける度に、薄オレンジの保呂草ビートルを必ず連想します。私は車ではMINIがとにかく好きで、絶対いつかMINIオーナーになると誓っているのですが、MINIもビートルもシトロエンもモデルチェンジ前の方が絶対素敵でしたよね。シトロエンなんて、どんどん現代的になっちゃって。シトロエンのオールドカーならMINIを諦めても良いかな、と思えるほど好きです。とにかく、あのシーンで祖父江さんがビートルに触れていたら…と空想するのも私の趣味です。

今回のレビューは段落毎に話がぶつ切りですね。眠いのかしら?

それでは最後に今日のへっ君のコーナーを。『モナリザ』にはへっ君の登場シーンは無いのですが、どうやら学校のプールに行っている模様ですね。あのネットの水泳帽をかぶるへっ君…萌える。色は是非ブルーで。

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2006年8月15日 (火)

『黒猫の三角』 森博嗣

黒猫の三角 Book 黒猫の三角

著者:森 博嗣
販売元:講談社
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11歳、22歳、33歳とぞろ目の女性が殺害される連続殺人事件が発生。

44歳の誕生日を迎える女性から護衛の依頼を受けた保呂草は事件の発生を防ぐことができるのか?

S&Mシリーズに続く、新シリーズがここに開幕。

第二部開始でございます。

もう何度も申し上げておりますが、私はS&MシリーズよりもこちらのVシリーズの方が好きだったりします。それはすべて…

保呂草・愛

の為せる技だったりします。もう、森博嗣が創造したすべてのキャラクタの中で彼が一番好き。四季に彼が登場したときも、Gシリーズに彼が再登場したときも、狂喜乱舞し、その夜はなかなか眠ることが出来ませんでした。のび太くん並に睡眠導入が高速な私がです。犀川先生よりも好きだっていうんだから、もう筋金入りです。

保呂草さんにハマったきっかけはVシリーズ第2作の『人形式モナリザ』です。『デルタ(黒猫の三角をこう呼んでおります)』の“あの素敵”な保呂草さんも悪くはないのですが。なんでも屋ではなく、探偵でもなく、本職のあのお仕事をされている保呂草さんを想像するのが(読むのが)大好きなのです。

というわけで、Vシリーズ。はっきり云って、紅子さんは読者から嫌われる要素たっぷりですよね。もしかしたら西之園萌絵以上に嫌われているのでは?私は林さんの前で甘えてみせる紅子さんや、『デルタ』には登場しない例の女性と火花を散らしまくっているファイター紅子が結構好きなのですが、私の周りには「紅子さんのキャラがどうも合わなくて…」とVシリーズを倦厭している友人が結構います。でも、彼女はいなければ我等がへっ君も産まれてこないわけでさ。

そうそう、S&Mシリーズのレビューでは各作品のfavorite wordという企画(?)をやっていたのですが、Vシリーズでは今日の(今日の?)へっ君という企画でへっ君の可愛らしさを紹介してゆこうと思っております。『デルタ』のへっ君といえば“牛乳とコーンフレークが一番好きで、幸せだ”とニュートンを読む姿です。かなりごちゃまぜに脚色してますが。あぁ、可愛い。親が離婚しても、すくすく育つのですよ。

さて、『デルタ』ですが、この作品はVシリーズの中でも1、2を争うほど好きです。私、Vシリーズは『人形式モナリザ』から読み始めたんですよ。すっかり先入観の塊の頭脳に『デルタ』を入れたものですから、もうすっかり混乱してしまって。この“『デルタ』を意図的に2番目に読む”ってのは結構衝撃を味わえますよ。オススメはしませんが。1番目に読んでも、充分衝撃的だと思いますし。

ここからはVシリーズ未読の方は決して読まれませんように。本当に。

そういえば、私がVシリーズ全体に仕掛けられたトリックを知った(気付いたとは口が裂けても云えない)のは8作目の『捩れ屋敷の利鈍』を読んだあとです。あのトリックは下手にネットで調べたりせずに『赤緑黒白』を読んで、純粋に驚いてみたかったと思います。きっと絶叫していたし、いまでも後悔していたりする。でも、気付くきっかけはシリーズの至る所に潜んでいるし、もし些細なひっかかりを感じたら、とことん考えてみたら良いと思います。そして、森博嗣の偉大さに鳥肌を立ててください。というわけで、トリックを知ったあとでじっくりVシリーズを読み返すのは実は初めてなのです。今回はそのあたりにも注目して、読んでゆきたいと思っています。

でも、『地球儀のスライス』に収録されていた「気さくなお人形、19歳」はあのトリックの元に描かれていませんよね?登場するものとか、表現とかが…ねぇ?

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2006年8月14日 (月)

FROM INSIDER TO OUTSIDER

中学校1年生レベルの英語力しか持ち合わせていない私(えいごづけがそれを証明済)。タイトルはこれが精一杯なのです。

せっかくS&Mシリーズを一気に読み切ったので、総括…というか個人的なランキングをやってみたいな、と。好き嫌いなんてまったく個人的な感情であって、十人十色。でも「あぁ、このブロ愚の管理人はこんな森作品が好きなんだ」と私を知っていただく意味も、このランキングにはあるのかな?と思います。

それでは、いよいよ、お待ちかねのランキングです。

 1.今はもうない(8作目)
 2.夏のレプリカ(7作目)
 3.幻惑の死と使途(6作目)
 4.封印再度(5作目)
 5.すべてがFになる(1作目)
 6.笑わない数学者(3作目)
 7.冷たい密室と博士たち(2作目)
 8.有限と微小のパン(10作目)
 9.数奇にして模型(9作目)
10.詩的私的ジャック(4作目)

以上の結果…で本当に良いのかとしばし悩む。いや、実際のところ2~4位のあたりはかなり迷いました。できれば同位入賞にしてあげたい。でも、それじゃあせっかくのランキングの意味が無い!!

このランキングについては、自分が物語に容易にのめり込めたか?が焦点となっております。読むのがしんどかった作品については、自動的に下位へとランクイン…『詩的私的』は結構辛かったですね…。その点、『今はもうない』なんて、あっという間の読了でした。『今はもうない』『夏のレプリカ』に関しては、根底に流れるトリックが私のリズムと一致するというか、もう純粋に好みです。好きです。

でも、下位の作品だって、そこらのミステリ読むよりはずっとずっと面白いと感じましたし、森作品のクオリティの高さにいつもいつも驚かされました。どの作品を除いても、シリーズは成り立たないというか、彼女たち(多くは西之園萌絵)の成長の過程をじっくりと読ませてもらったというか。もう人格形成は終了しているとも云える犀川先生までもが、この10作であれだけ変貌を遂げられたのですから。

森作品の魅力はなにか?と聞かれたら、私はいつも「スマートな文章に秘められた機能美」と答えるようにしています。日本語って、英語に比べるとどうしてもまわりくどい表現を使いがちですが、森作品では言葉の選び方ひとつをとっても無駄が無い。日本語の機能を充分に理解して使用されている感じがとにかく好きです。犀川先生の意味のないジョークだって、いつもいつも美しくって、あんな風に迅速な思考を手に入れることができたら、どんなに素敵なのだろう、といつも羨ましく思います。

Vシリーズではこの「機能美」が若干薄れる(というか、言葉で煙に巻いている)のですが、S&Mよりも好きなシリーズだったりしますので、頑張ってレビューを続けたいと思います!

終了まであと14作!

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2006年8月13日 (日)

『有限と微小のパン』 森博嗣

有限と微小のパン―THE PERFECT OUTSIDER Book 有限と微小のパン―THE PERFECT OUTSIDER

著者:森 博嗣
販売元:講談社
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許婚が経営するテーマパークを訪れた西之園萌絵。

そこで起こった殺人事件に見え隠れするあの天才の影。

S&Mシリーズ最終巻!

やっぱり我が家のパソコンは良いわぁ。このキーボードを叩く感触が帰ってきたことを実感させます。

もようやく第一部が終了。

この『パン』はそのトリックがとんでもない。それをする価値があると思わせてしまう西之園萌絵がとんでもないと云いましょうか。この行為を悪趣味な遊びと云い切ってしまうことは簡単ですが、人間には遊びという名の休息が必要です。キャパシティの大きな頭脳で描かれる遊びは、その規模が肥大化してしまうことは必至。もちろん常人には理解できません。これは天才が天才に仕掛けたゲーム。常人からどのように理解されるかなんて、瑣末なことなのです。

と、西之園萌絵が天才であるかのように書きましたが、彼女はこのシリーズの中で決して天才ではない。彼女の行動が突飛に見えるのは、彼女が天才ではなくお嬢様であるからだ、と私は定義しております。このシリーズにおける天才は真賀田四季博士ひとりだけだと私は思っております。犀川先生も天才ではない。でも、彼は天才の側面を理解できる、一片を持ち合わせている。その一片を発揮(使用)し続けていられるかどうかが、真賀田四季と犀川創平の違いです。

と、真面目に考察しているかのように見せかけて、『パン』の中で私が一番気に入っている(気になっている)のは反町愛ちゃんだったりします。彼女の話し方、行動がどうしてもVシリーズの彼女と重なる。正確には彼と彼女を足して2で割った感じ。名字も違うし、決して彼女が彼らから産まれたのでは無いことを知っているのですが。逆に彼女から彼らが生まれたのだと良いなと、個人的に願っています。

そして、国枝女史。彼女は巻を重ねるにつれて素敵になってゆきますね。なにが彼女をそうさせたのか?きっと結婚相手(国枝桃子談)のおかげかと思いますが。「双頭の鷲の下で」(『地球儀のスライス』収録)だけでも読み返そうかしら。それを云ったら「いつ入れ替わった?」(『虚空の逆マトリクス』収録)だって読み返さないと。うーん、やっぱりブログジャック計画に短編集も入れるべきであっただろうか…。

全然、『パン』について書いておりませんが、やはり10作も同じネタでレビューを書き続けるというのは厳しくなってゆきますね。次回からはVシリーズ、気分も一新頑張ります!

最後に『パン』のfavorite wordを。

「塙さんか、あるいは、真賀田博士です」
「僕は含まれていないのですね?」
「藤原さんって、塙さんか、真賀田博士なのですか?」

もっと気に入ったフレーズがあったはずなのに、あの厚さのどこかに紛れ込んでしまった…。

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2006年8月12日 (土)

『数奇にして模型』 森博嗣

数奇にして模型―NUMERICAL MODELS Book 数奇にして模型―NUMERICAL MODELS

著者:森 博嗣
販売元:講談社
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模型マニアの集まるスワップ・ミートの会場に現れた首なし死体。

首なし死体といっしょに密室内に閉じ込められていた男が容疑者として疑われるが?

S&Mシリーズ、ラスト直前の第9弾。

いよいよ、9作目まで参りましたか。帰省して、映画観に行ったり(「M・I・3」と「デスノ」を観ました)DVD観たり、パチンコに行ったりして、てんで読書に集中できてないですね。予定では今日までに『有限と微笑のパン』まで到達するはずだったのですが…。

さて、本作には最強のお嬢様・西之園萌絵の最強の従兄弟・大御坊安朋の初登場です。この『数奇模型』には映像として見てみたい場面がわんさか登場致しますね。まずはもちろん、萌絵のコスプレ姿×2。個人的にはナースを犀川先生の前でお願いします。犀川先生ってば、なんでも学内の保険センタで済ませようとするんだから。そして、なにより肝心なのが大御坊安朋の振り返らずにはいられないそのファッション。一体、どんなファッションなのでしょうか?萌絵の紫の口紅を超えるのでは?私が会話のみから推測する(つまり描写の記述を無視する)大御坊さんはちょっと小太りな禿げかかったおじさま(うん、気持ち悪いね)なのですが、実際はちょいワルオヤジを連想すれば良いのかしら?

他にもペットボトルロケット(安易だが、適切なネーミングだ)も見てみたいし(夜光塗料を使ってくれると、ブラックライトで光って綺麗だと思います)犀川先生のメガネが廊下まで吹っ飛ぶ場面も見てみたい(犀川先生、無茶しすぎです)とにかく、読者の想像力を刺激する作品であったと思います。

でも、この殺人的な厚さはなんなのでしょう(京極氏程では無いが)事件そのものに、あんなに頁数を厚くさせる要因って無かったと思うのですが。国枝女史くらいシンプルに設計していただけると助かります(きっと3分の1くらいの厚さになるのであろう。いや、むしろカバーだけとか…)

この『数奇模型』はミステリ慣れした読者ほど、そのトリックにひっかかってしまうという危ない作品です。警察の鉄則であるアレを逆手に取ったトリック。巧い、と思いましたよ。だって、そんなシンプルな型はいまのミステリ界ではお目にかかれませんもの。いかに、小説が現実離れをしているかを思い知らされた一作。

S&Mシリーズも残すところ1作。この1作が曲者(というか、厚い)なのですが、なんとか帰省中に(あるいは、帰りのJRの中で)読み切ってしまいたいものです。しかし、レビューを書くために読んでいるのか、作品を楽しみたくて読んでいるのか、あやふやにありつつある自分が気になります。でも、やっぱり面白いんですけれどね!

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2006年8月 9日 (水)

『今はもうない』 森博嗣

今はもうない―SWITCH BACK Book 今はもうない―SWITCH BACK

著者:森 博嗣
販売元:講談社
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婚約者と避暑のためやってきた別荘で出逢った不思議な女性。

笹木は婚約中の身でありながら、彼女に惹かれてゆく心を抑えられずに。

彼女の気をひくために、別荘で起こった密室殺人事件の謎に挑む。

いつもならまずブログジャックのバナを貼り付けるところなのですが、如何せんネカフェでの更新。森博嗣が一発変換できなくて、苛々。西之園も一発変換できなくて苛々。やっぱり自前パソじゃなきゃ駄目だ。

さて、この『今はもうない』はS&M作品のなかで、私が一番好きな作品です。『すべF』で真賀田四季博士は「7は孤独」という有難いお話をしてくださいましたが、S&Mシリーズではこの8作目にあたる『今はもうない』が孤独な存在です。Vシリーズでも8作目の『捩れ屋敷』が孤独。

まず、森博嗣の仕掛ける叙述トリックが秀逸です。私は初読の際、まんまと引っかかりましたよ。最初のモノローグで気付いたっておかしくないのですが、漢字が違うだけであっさり引っかかる単純人間なんです…。

私はミステリのジャンルの中で、叙述トリックものが一番好きです。本来ミステリとは名探偵と犯人の対決が描かれる作品類ですが、叙述トリックもののミステリは読者と作者が対決できる場だからです。騙されることを快感に感じることのできる場なんて、そうそう出逢うことはできない。もちろん、仕掛けるトリックが大きすぎるせいで、名作と駄作の明暗がはっきりと分かれてしまう危険なジャンルではあります。はっきり云って、駄作の方が多い。だからこそ、名作に出逢ったときの感動が大きなものになるのですが。手っ取り早く名作に出逢いたい場合は、折原一氏の「倒錯シリーズ」をオススメしております。

さて、『今はもうない』は肝心の密室トリックなんてどうでも良くなってしまうくらい、笹木さんの恋話が秀逸です。只者じゃないと思っておりましたが、やっぱり只者じゃ無かったね、彼女は。この『今はもうない』があるからこそ、彼女がどんな奇想天外な言動を取ったとしても納得できてしまう。そりゃ、彼女は役所より強いさ。(嗚呼、めちゃくちゃネタバレしてる。予告も無しに…)

とにかく、私のレビューを読む前に、本作を一度お読みください。願うならば、いきなり『今はもうない』を手に取るのではなく、シリーズの8作目として。8作目というこのタイミングで読むことに意味がある作品だと思います。

ネカフェの退出時間が迫っておりますので、今回の中途半端なレビュー。『レプリカ』の手直しもできなかった…。自前パソの元に戻りましたら、一気に修正をかけよう。

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2006年8月 8日 (火)

『夏のレプリカ』 森博嗣

夏のレプリカ―REPLACEABLE SUMMER Book 夏のレプリカ―REPLACEABLE SUMMER

著者:森 博嗣
販売元:講談社
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西之園萌絵の親友・簑沢杜萌が遭遇した誘拐犯殺人事件。

誘拐犯2人を殺害した第3者とは一体誰だったのか?

そして、その狙いとは?

第7回生です。そろそろ卒業したい。

ブログジャック計画がスタートしてから、2日に1冊のペースで森作品を消化しております。予定していたペースより若干遅め?1日半で1冊読まないと、『λ』に間に合わないのに。

さて、今回のレビュー作『夏のレプリカ』は森作品らしいアンフェアな作品です。アンフェアがらしいって、一体どういう理屈なのでしょうね。計算され尽くしたアンフェアですが、再読してみてやっぱりきわどいと感じます。

ミステリのお約束として「地の文では嘘の記述をしてはならない」というルールがあります。この『レプリカ』ではそのルールに抵触している。『レプリカ』の記述は8割方、簑沢杜萌が請け負っているのですが、この杜萌像を読者がどう捉えるかがトリックに気が付くか否かの分かれ目です。西之園萌絵ビジョンで杜萌を捉えてしまっては、確実に罠に陥ります。陥るように仕掛けられているのだけれど。

ミステリ作品としては掟に抵触している以上、高評価を付けるわけにはゆきませんが、S&Mシリーズ作としては私の中でかなり上位にランクインする本作。萌絵や犀川を客観視した状態で眺めることができるからでしょうか。シリーズの中でも、萌絵が最も好ましい人物として描かれていると思います。

あとは衝撃のラストですね。私はあのラスト嫌いじゃないです。これまでの3時間(『レプリカ』の読了時間)はなんだったんだ?という終わり方ですが、そもそも『レプリカ』で描かれていた事件とは誘拐犯殺人事件の方だったわけですから、あちらはあれで良かったのだと思います。その機会は充分にあったわけですから。機を見るに敏ですね。

嗚呼、時間が無い(帰省の時間まであとわずか)ため、文章を充分に推敲することができません。後日、ネカフェで調整することに致しましょう。好きな作品だけに、この思いつきレビューでは納得ゆかないわ。だって、あのチェスの名シーンについて、なにも書けていないじゃない!

それでは最後に『レプリカ』のfavorite wordを。

「あら、嫌いなのに、コンピュータのことを勉強しているの?」
「医学部の人って、病気が好きな人たちですか?」

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2006年8月 6日 (日)

『幻惑の死と使途』 森博嗣

幻惑の死と使途―ILLUSION ACTS LIKE MAGIC Book 幻惑の死と使途―ILLUSION ACTS LIKE MAGIC

著者:森 博嗣
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

天才奇術師・有里匠幻がミラクルエスケープの最中に殺害された。

さらに、死体が霊柩車から消滅して?

マジシャンに囲まれたマジカルなミステリ。

第6回戦でございます。

この『幻惑の死と使途』は次回のレビュー作『夏のレプリカ』と対になっていて、奇数章のみで構成されております。『夏のレプリカ』は偶数章。こういう趣向で読者を楽しませることができるのが、森博嗣という作家です。そして、この『幻惑の死と使途』発刊の時点で、森博嗣という作家がある程度のステイタスを確立していたことが窺えますね。ペーペーの作家なら、一見落丁かと思わせるようなこのアイデアを出版社が許可するとは思えないもの。

さて、この『しとしと』を読み返して、一番驚いたのはGシリーズで御馴染みの加部谷恵美ちゃんが登場していたこと。Gシリーズで何度か語られた“西之園萌絵といっしょに遭遇した殺人事件”というのが、これだったのですね。全然、覚えてなかった…。いつか短編あたりで発表されるのかな?なんて悠長なことを考えておりました。森ファンとして失格。Gシリーズ執筆にあたって恵美ちゃんの存在を思い出したのか、いつかGシリーズを書こうと思って『しとしと』に恵美ちゃんを登場させておいたのか、真相は森博嗣にしかわかりませんが(いや、さすがに後者だと思いますが)本当にシリーズ全てがリンクしているのだなぁ。一作たりとも逃すことはできませんね。

この『しとしと』は西之園萌絵が決してワトソンではないことを証明した一作でございました。萌絵がワトソンではないことは、森博嗣自身が公言していることではありますが、読者はこの『しとしと』までは確実に誤解していたはず。萌絵は決して電卓ではなくてよ。(高田崇史の作品に名言があります。「(パスルの)解き方がわかったとしても、そこから、電卓やエクセルや西之園萌絵が必要になっちゃうようなやつなんだ」by『試験に出るパズル』)私が高校生のころは、西之園萌絵という存在が傲慢であまり好きではなかったのですが、再読を重ねるにつれ、彼女の愛らしさや弱さに気付くことができるようになってきました。犀川先生が彼女にどうしても甘い理由がなんとなくわかった気がします。ただ、やっぱり友達にはなれないと思ふ。あと、盤も無いのにチェスはできません…。

次回は西之園萌絵に負けじと劣らない簑沢杜萌の登場です。彼女も盤無しでチェスができてしまう超人。でも、私は彼女が好きで、それに付随して『夏のレプリカ』も好きです。いつか、『しとしと』と『レプリカ』を交互に(章が連なるように)読んでみたいと思っています。

それでは、『しとしと』のfavorite wordを。

「最高に綺麗なスイッチだね」

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2006年8月 4日 (金)

『封印再度』 森博嗣

封印再度―WHO INSIDE Book 封印再度―WHO INSIDE

著者:森 博嗣
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

「天地の瓢」と「無我の匣」を残して密室の中で死を遂げた日本画家。

そして、50年経った今、事件が再現され?

もちろん、事件を解決するのは犀川&萌絵。

第5ステージでございます。

『封印再度』の副題は「WHO INSAIDE」。日本語で読んでも英語で読んでも“ふういんさいど”になりますよ、という素敵副題です。このネタではもっとすごいのがあるのですが、内容との一致を鑑みると『封印再度』の方が秀逸かも。

『封印再度』を初めて読んだときは、そのトリックに限りなく衝撃を受けました。基本的にミステリでは未知の毒物とか未発見の薬物の登場はご法度なのですが、この『封印再度』は単に私の知識レベルが足りなくて知らなかった、しかし限りなく透明に近い…もとい限りなくアンフェアに近いトリックが用いられております。

だって、普通に生活している人間は知らねぇよ!

一斉読者アンケートを実施してみたい。テーマは「貴方は『封印再度』を読む前にトリックに使われたブツの存在を知っていましたか?」もちろん、トリックが解けたかどうかが焦点ではございません。知っていたか否かです。他の作家さんに比べると、森作品は理系の方が読んでいる確立が高いとはいえ、絶対に一桁台だと思う。でもね、↑のように絶叫しておりますが、読了後まったくアンフェアに感じなかったのです。そこが、森ミステリ。「知らなかった私が悪ぅございました」とさえ思ってしまうもの。これが他の作家さんの作品なら、私はきっとぼろくそに批評していることでしょう(つまり、これまでのレビューは批評では無い)

というわけで、知識レベルにはちょっと自信があるの…と云う方は、是非挑戦してみてくださいませ。

さて、この『封印再度』には衝撃トリックを上回る衝撃出来事がございましたの。別に云っちゃっても良いよね?事実よりもその過程が面白いわけだから…それはね、

犀川創平氏、プププ・プロポーズ!!!!

創平くんったら、思い込み激しすぎます♪この衝撃プロポーズは、過程を楽しんでいただきたいので多くは語りません。とにかく、猪突猛進の創平くんを皆様お楽しみください☆そして、睦子様最強!!

『封印再度』はS&Mシリーズの中でも中盤に相応しい刺激的な一冊で、とても印象深い作品です。S&Mのベスト3に食い込んでくるかも。10作全部読んだら、小休止としてベスト10をやってみるのも良いかも。

それでは、最後に『封印再度』のfavorite wordを。

「この怒りはね」「記念碑にしたいぐらいだ。毎年四月はアニバーサリィだよ。」

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2006年8月 2日 (水)

『詩的私的ジャック』 森博嗣

詩的私的ジャック Book 詩的私的ジャック

著者:森 博嗣
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

僕はサインを残すだけ

君はそのまま眠るだけ

すべて、素敵なイーコールのために

第4カーブに差し掛かりました。

この『私的詩的ジャック』は、素敵なフレーズが多いのが印象的。いつもは最後にやっているfavorite wordをド頭でやってみようかと思います。

「じゃあ、中国まで行ったら」
「え?」
「私なら、行くよ」

これは、犀川の帰国を待てない萌絵に人類最強・国枝が仰った台詞。

「それは、たぶん、原理がわからなくても、問題が解けるようにするためだ」
「そっちの方がおかしいわ。それって、人を馬鹿にしていますよね」
「正しい」
「ありがとうございます」

これは、力学のレポート(私は力学がどんな学問かもわからない)を解きながら、犀川と萌絵が交わした会話。

「もし、何も出てこなかったら、どう説明していただけるのかしら?」
「失われたデータがどれだけ意味のあるものだったか、貴方たちに四時間はお話を聞いてもらいますよ」

これは、これは子どもを殺された藤井女史の言葉。

「私…」「明後日までは、とえも待てない」
これは、今は結婚できないね、と犀川に云われたときの萌絵の台詞。

そして最後に
「愛しているんだ」
「英語で言える?」
「全部、わかってるみたいですね」

ずべての真相。

『詩的私的』を読んだことの無い方にとっては、「なんのこっちゃい?」なレビューになってますねぇ。読んだことのある方だって、「あんたの備忘録に付き合ってられねぇぜ!」という感じ?

『詩的私的』の中で、私が最も腑に落ちないのは靴の事です。犀川が靴のことを怪傑ズバット云い当てるだけのデータってありましたっけ?少なくとも、そのデータは私の中には蓄積されていなかった。犀川&萌絵の進展っぷりに夢中で、事件を無意識下に終い込んでいたからですかね?

今回の事件は骨子はシンプルなのですが、ポエマーな彼等のポエティックな言葉に惑わされてしまった感が有り。

最後に、金子くんは好青年です。

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2006年7月31日 (月)

『笑わない数学者』 森博嗣

笑わない数学者―MATHEMATICAL GOODBYE Book 笑わない数学者―MATHEMATICAL GOODBYE

著者:森 博嗣
販売元:講談社
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オリオン座を模した三ツ星館で開かれるパーティに参加することになった犀川&萌絵。

そこは、偉大な数学者・天王寺翔蔵博士の住処だった。

消えるオリオン像と殺人事件の謎とは?

第三次試験です。

森博嗣作品ではすっかり御馴染みの英語副題ですが、この『笑わない数学者』の副題は秀逸だと個人的に思います。「MATHEMATICAL GOODBYE」…趣がありますね。『今はもうない』の「SWITH BACK」もらしくって好きだわ。一番のお気に入りはやっぱり『夢・出逢い・魔性』ですが。

さて、この『笑わない数学者』は森作品の中でも数少ない“トリックも犯人も解った”作品のひとつです。他の方のレビューを読んでも、こう書かれている方は案外いらっしゃいますので、やはり容易なのでしょう。問題がシンプルだし、何から考えてゆけば良いのか明確ですからね。「問題は思考によって解決したまえ」とは天王寺博士の言葉ですが、現象を目撃していないからこそ、冷静な思考が保たれる。客観性は解決への近道です。

しかし、犀川先生ってこんなに女性にもてましたっけ?『すべF』のガンダム・島田に、『冷たい博士』のミニスカート・船見、そして『笑わない』のデザイナ・片山。まるで浅見光彦シリーズを読んでいるかのような既視感を覚えました(笑)女性が膝に手を置いたくらいで、思考を停止させないでください、犀川先生。

森博嗣氏はシリーズ三作目にして、特有の“読者を煙に巻く”手法を確立されていらっしゃったのですね。再読したからこそ解るこの浮遊感。天王寺博士は天王寺博士であったと私も定義したいと思います。

それでは最後に『笑わない』のfavorite wordを。

「防御することは、いけないことですか?」
「君がトーナメントの最後で負けたビリヤードと同じさ」

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2006年7月30日 (日)

『冷たい密室と博士たち』 森博嗣

冷たい密室と博士たち Book 冷たい密室と博士たち

著者:森 博嗣
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

氷点下20℃の低温度実験室で起こった密室殺人事件。

3つの密室と4つの死体の謎に犀川&萌絵が挑む。

S&Mシリーズ第二弾。

第二局でございます。

『冷たい密室と博士たち』は『すべF』と比較して、如何せんインパクト的な問題で劣ってしまいますが、『冷たい博士』の方がミステリの在り方として正しいと思っております。

ただ、○○ってどうよ?

私、ミステリは大好きだけれども、この○○解決ものって好きじゃないんですよね。犯罪を犯す人間の心理としてフェアじゃない気がして。○○で犯罪を犯すくらいなら、電車を山ほど乗り継いで不在証明を作って欲しい。「どうだ、君にこの不在証明が解けるかな?」くらいにふんぞり返って欲しい。この○○嫌いについては二階堂黎人氏『稀覯人の不思議』のレビューで一度触れておりますので、○○って何じゃ!と云う方はそちらをご覧ください。(ネタバレになってます。というか、ネタバレ警告してから↑の文句を云えよ自分、と今更ながらに思います。申し訳)

以上のような理由から、『冷たい博士』を読むのは二度目なんですが(なんとっ!)密室トリックの解説もこんがらがっていて、読むのがめんどくさくなりますよね(おいっ!)トリックとしてはシンプルで解り易いのですが、解説が難解なんですよ。犀川先生らしくない。まぁ、探偵役も二度目ですし、ずばっとやっちゃってくださいというのも酷な話ですか?

『冷たい博士』を読む上で、重要なポイントはあくまで2つ。喜多先生の登場と、国枝事件です。私の中では、この2つを押さえるためだけの作品となりつつあるのですが(嗚呼、森先生ごめんなさい。でも、好きです)この2つはS&Mを語る上で大きなファクターとなりますので、その意味では重要な作品なんですよね。

国枝事件なんか、特に!

シリーズ2作目でこの国枝事件をうちゃってくるところが、森先生のすごいところだと思います。普通なら…5作目くらいで持ってくる話題ではないでしょうか?この国枝事件があって、国枝ファンが増加したに違いない。国枝桃子になにがあったのか?ですよ。とにかく、要チェックです。

『冷たい博士』につては、ミステリの在り方として正しいけれども、もっとコンパクトにまとめることが可能な題材だと思っているので、私の中では評価はあまり高くありません。犀川先生が女性のミニスカートをついつい気にしてしまうエロ親父と化しているからでは、決してありませんのでお気を付けください。

最後に『冷たい博士』のfavorite wordを。

「責任と責任感の違いがわかるかい?」
「字数が違うわ」
「押しつけられたものか、そうでないかの違いだ」

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2006年7月29日 (土)

『すべてがFになる』 森博嗣

すべてがFになる―THE PERFECT INSIDER Book すべてがFになる―THE PERFECT INSIDER

著者:森 博嗣
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

孤高の天才・真賀田四季の住む、孤島の要塞・妃真加島真賀田研究所。

研究所で起こる不可思議な密室殺人事件。

犀川&萌絵はすべて此処から始まった。

ついに開幕いたしました。

プレイボール!

もちろん最初は『すべてがFになる』です。『すべF』(嗚呼、この略し方は『なぜべス(byTRICK)』みたいで素敵ね)との出逢いは、私が高校2年生のときでしたので…7年前ですか?陳腐すぎて自分でも気持ち悪いのですが、本当に“驚愕の出逢い”という言葉がいちばんしっくりきます。

ミステリのお約束・密室の謎をここまで理系からのアプローチで解決したのを見たのは(読むのは)この作品が初めてでございました。

ハード面から創造された“機械仕掛けの密室”モノは読んだことがあっても、こんなソフト面からアプローチする作品に出逢ったのは初めて。文庫版解説を書かれている瀬名秀明氏の作品あたりなら、森博嗣氏に先駆けて取り組んでいたのかもしれませんが(その意味でも、この作品の解説に瀬名氏をチョイスするっていうのは絶妙)私にとっての初めてはあくまでも森博嗣氏。

この『すべF』を私に貸与してくれた彼女には未だに感謝。貸与された『すべF』は文庫版新刊だったのですが、その当時ノベルスでは『有限と微小のパン』が既に発売されており、まさに驚異的なスピードでINSIDERからOUTSIDERまで私は駆け抜けました。このブログジャック計画は1ヵ月で完結させる予定ですが、「1ヵ月も猶予があるなんてぬるすぎる」と当時の私なら叱咤してくれることでしょう。とにかく、高校生の私をどっぷり森ワールドに浸からせる神懸かり的なパワーが『すべF』にはありました。

『すべF』の再読は今回で4回目…かな?前回の読了からは3年の月日が経過しております。でも、決して色褪せるませんね。トリックも結末も、展開でさえも、すべて知っていたとしても楽しく読むことのできる作品があるって、とても素晴らしいことだと思います。しかも、森博嗣氏は驚異的なスピードでシリーズを完結させたため、登場するキャラクタがぶれないのが素敵。シリーズ作品にも関わらず、新刊の発売に何年もかかってしまう作品だと、キャラクタがいきなり変貌を遂げていたりするんですよね。「こんな奴だったか?」と。もちろん、登場するキャラクタも成長すべきだと思いますが、最早生まれ変わりと言った方が正確な例をいくつか見せられてしまうと、愕然としてしまいます。森作品にはそれがないから安心して読める。

『すべF』には、レッドマジックを停止させ、暗闇の中で犀川先生が原始に戻るシーンがありましたが、あのシーンくらいかな?初期のS&Mにはこういうシーンもあったな、と再認識させられたのは。あとは良くも悪くもいつもの犀川&萌絵でした。犀川先生が昔は萌絵のことを「西之園くん」ではなく「萌絵ちゃん」と読んでいたという記述には、にやりとしてしまいましたが。

『すべF』の内容にほとんど触れておりませんが、森ミステリ未読な方がいらっしゃいましたらやはり『すべF』から読んでいただきたいという良心が働いて、このレビューになりました。すべての始まりがこの『F』ですから。

それでは最後に『すべF』のfavorite wordを。

「思い出は全部記憶しているけどね、記憶は全部は思い出せないんだ」

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2006年7月26日 (水)

森博嗣ブログジャック計画

自らで5555のキリバンを踏ん付けてしまい、己に課したリクエストは

森博嗣作品全レビュー☆

自殺願望ですか?

さすがに100作品を超える森博嗣作品の全レビューは不可能ですが、S&Mシリーズ→Vシリーズ→四季までの24作品ならばなんとか…できなくもない?

というわけで、24作品全レビューが終了するまでの間を、

森博嗣ブログジャック計画

と題し、1ヵ月ちょっとでやってのけてしまおうという計画です。

景気付けにバナまで作ってみました。

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