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2006/01/28

読書論

せっかく読書について語るブロ愚を作ったので、読書について考えてみました。

私は趣味が「読書」という、

履歴書に書いたら「音楽鑑賞」「映画鑑賞」に並ぶ“3大嘘っぽい趣味”

を持っているわけですが、本は読みたい人が読めばいいのであって、無理矢理読ませるのは言語道断だと思っております。

「読書離れ」仕方無いじゃないか、と。

読書より楽しいもの、いっぱいあると思いますよ。

「テレビ」だって「ネット」だって、楽しいじゃないですか。

要はそこから何を学ぶかってことです。

どんなに立派な人生訓が書いてある本だって、楽しくなければ読めません。

楽しいとは、人を惹きつける魅力のことです。

魅力の無いものから、何かを学ぶことはできません。

この結論だと、現代の「読書=本」には魅力がないってことになっちゃいますね。

でも、私は読書が大好きです。

要するに、「読書離れ=けしからん!」とか言ってる人こそ、けしからんと思っているわけです。

「読書こそ素晴らしい!」なんて、自分の考えを他人に押し付けるのは止めてください。

そんな魅力の無い人が発する言葉から、なにも得ることはできません。

なにも学ぶことはできません。

現代は何でもある時代なんです。

何から学んだら良いかは自分で選択します。

だから、無理矢理読書させるのなんて言語道断です。

私は自分で選択して「読書」を選びました。

皆さんはどんな手段を選びましたか?

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