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2006/01/31

『τになるまで待って』 森博嗣

τになるまで待って Book τになるまで待って

著者:森 博嗣
販売元:講談社
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赤柳探偵の助手として超能力者の別荘・加羅離館にやってきた山吹、海月、加部谷の3人。

そこで巻き起こる密室殺人事件とは?

Gシリーズ第三弾。

そういえば、前回読んだときは『θ』に登場したあの方が登場するのではないかとそわそわして、じっくり読んでいなかったな、と再読。

感想は…あれ?こんなに事件性に乏しい作品だったっけ?

Gシリーズ第一弾『φ』のときに、キャラクタ紹介が主で物語として物足りないなと感じた感覚がまたここに再現。

3人の会話が主で、事件についても最後に出てきた犀川先生があっさり解いてしまうものだから、Gシリーズの探偵役である海月くんも形無しですよ。海月くん、いらないじゃん!

しかも、実行犯確定しないの?

(ここから森作品の他シリーズに触れます。未読の方はご注意ください)

あくまでもこの『τ』は真賀田四季へ繋がる複線でしかないのでしょうか?捨て駒?

確かに四季は超人的でミステリアスだけれども、もうそろそろ四季から離れても良いのではないか…なんてちょっと感じてしまったり。

そんな意味も込めての『四季』だと思っていたので、『θ』で四季の名前が出てきたのにはびっくりしたんですよ。いや、保呂草さん登場はありがたいのですが。

あと、萌絵ちゃんとか犀川先生の出番もね。事件の解決はあくまでも新シリーズの3人(もしくは海月くん)に任せるようにしないと、なんのための新シリーズですか?と。

未だに新シリーズ3人のキャラクタがつかめません。一番興味があるのが、赤柳探偵だなんて、ちょっと寂しい。

Gシリーズ3人にもっと活躍して欲しいという願いも込めて、ちょっと辛口レビューでございました。

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2006/01/29

『レタス・フライ』 森博嗣

レタス・フライ Book レタス・フライ

著者:森 博嗣
販売元:講談社
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ショート・ショート5編を含む、9作品からなる短編集。

森博嗣ワールド全開。

主にショート・ショートで形成されるということで、「物足りないかなぁ」と思っていたのですが、ラストの「刀之津診療所の怪」で見事にひっくり返されました。うっちゃり。

まずは「刀之津診療所の怪」以外の感想から。

「ラジオの似合う夜」については、Vシリーズを匂わせておいて、知らなくてもひとつの短編として楽しめる内容だと思います。ミステリ要素も有りの、ちょっと切ない恋愛もの。しっかし、もてもてですね、林さん(←あっ)。

「砂の街」も良かった。森先生的作品。森博嗣という作家を予備知識無しに読んでしまうと、「なんじゃこれ!意味不明!!」となってしまう一作だと思います。もしかしたら怒り狂う?だって、予備知識があったって意味不明。余韻を楽しんでください。

ショート・ショートでは「皇帝の夢」が私好みだったでしょうか。

あぁ、ダメだ。「刀之津診療所の怪」に触れたくて仕方が無い。(ここからは「刀之津診療所の怪」の結末、及び森作品に横たわるトリックについてずばっと触れます。未読の方はご注意を)

                                                   

れんちゃん!!!!!!!!

あぁ、もうこれだけで読んだ甲斐があるというものです。

常々「Vシリーズは本当は15作まであったのに…」とか「Vシリーズものの短編が読みたい」とか「『四季』やGシリーズには保呂草さんや紅子さんは出てきても、れんちゃんやしこさんは出てきてくれないのね」とか嘆いていた私ですが、こんなところでしっかり登場してくれていましたか!

しあわせだ。

しかも、れんちゃんの彼女は「僕の身内」発言!言明しておりませんが、「身内」ってことは嫁さんにもらったってことですよね?そうか、そうか、そうなったか。

そして、いい歳(50くらいとの記載)になっても、着物着て、少林寺でぶいぶいいわせてくれるなんて。期待通りだよ、れんちゃん。

「刀之津診療所の怪」はGシリーズないしはS&Mシリーズかと思わせておいて、うっちゃりVシリーズという、なんともおいしい、萌えのつまった作品でございました。ただ、森先生の他の作品読んでいないとなんのことだかさっぱりですよね。まったくのファンサービスな一作ということで、他シリーズ未読の方には消化不良もいいところでしょう。

さて、これから「ぶるぶる~」でも読んで、このおいしさを二度三度と味わうことに致します。

ねぇ、フランソワ?

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『愚者のエンドロール』 米澤穂信

愚者のエンドロール Book 愚者のエンドロール

著者:米澤 穂信
販売元:角川書店
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“省エネ”をモットーとする高校生・折木奉太郎が活躍する古典部シリーズの第2弾。

文化祭に出展するために撮影された自主製作映画の結末を見つけ出すため、古典部メンバーにジャッジ役が依頼された。

果たして奉太郎は正しい結末に辿り着くことができるのか!?

『このミス2006』に見事ランクインし、掲載されたインタビューを読んで興味を持って読んでみました、米澤穂信氏。

この『愚者のエンドロール』は『氷菓』に続く古典部シリーズの第2弾です。

両作品読みましたが、『愚者~』の方がミステリ的要素が満載という理由で、こちらのレビューを。

さて、ここからが感想です。(たっぷり核心に触れます。ミステリ好きなら結末が読めてしまいますのでご注意ください)

まず、米澤氏はあとがきで何も書かれていませんが、これは綾辻行人氏へのオマージュですか?ってくらいに綾辻要素がたっぷりです。

まず、奉太郎が導き出す結末が綾辻氏が考え出した、あの有名な結末と同じ。この結末で書かれたミステリミニドラマを、本家のものを含めて私は2回見ました。

私はこの結末、すごく好きですね。

読者であり、試聴者がミステリの場に引っ張り出される快感と恐怖感。

そして、事件の舞台である劇場の設計者が、かの有名な「中村青○」。○の部分は文字がかすれてしまって見えないけれど、これだけで充分あの御方を示唆しております。

まさか本家のように隠し部屋とか隠し通路が出てくるのか!と思いきや、今回の事件にはそのようなものは出てまいりません。もし、この現場に私がいて、映画の結末を予想してくれ!と言われたら、この隠し○○を使った結末に飛びつくでしょう。

『○○館の殺人』を片手に熱弁をふるう私。容易に想像が出来るわ。

さて、肝心の感想ですが、最近はこの手の「人が死なない日常ミステリ」が好まれているのでしょうか?

ばったばった人が殺される連続殺人ものも、トリック重視の本格ものも、ほんわか日常ミステリものも、私はどれも好きなので楽しく読めるのですが、一般の方は「朝から電車の中で、血なまぐさい人殺しの話なんて読みたくねーよ!」とお思いになるのでしょう。

それに、この作品はいわゆるライトノベルものに分類されるようなので、青少年に血みどろどろどろの作品は…という配慮なのでしょうか。

まぁ、私のように「ミステリに登場するならどんな役が良いですか?」という質問に、「探偵!」と即答する人間は少ないでしょうから、「もしかしたら私たちに周りにも、こんなミステリが散りばめられているかもしれない」とさらっと考えさせる作品の方が、人に与える影響力は大きいのかもしれませんね。

それこそが、エンターテイメントなのでしょう。

米澤氏の最新作である『犬はどこだ』は、米澤氏がこのテイストから抜け出した作品ということですので、大いに楽しみな一作です。

最後に、米澤氏もあとがきで触れていらっしゃいますが、この『愚者~』と同テーマの作品には我孫子武丸氏の『探偵映画』という一作があります。

『愚者~』を気に入った方は是非読んでみてください。私も『探偵映画』大好きです。

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2006/01/28

読書論

せっかく読書について語るブロ愚を作ったので、読書について考えてみました。

私は趣味が「読書」という、

履歴書に書いたら「音楽鑑賞」「映画鑑賞」に並ぶ“3大嘘っぽい趣味”

を持っているわけですが、本は読みたい人が読めばいいのであって、無理矢理読ませるのは言語道断だと思っております。

「読書離れ」仕方無いじゃないか、と。

読書より楽しいもの、いっぱいあると思いますよ。

「テレビ」だって「ネット」だって、楽しいじゃないですか。

要はそこから何を学ぶかってことです。

どんなに立派な人生訓が書いてある本だって、楽しくなければ読めません。

楽しいとは、人を惹きつける魅力のことです。

魅力の無いものから、何かを学ぶことはできません。

この結論だと、現代の「読書=本」には魅力がないってことになっちゃいますね。

でも、私は読書が大好きです。

要するに、「読書離れ=けしからん!」とか言ってる人こそ、けしからんと思っているわけです。

「読書こそ素晴らしい!」なんて、自分の考えを他人に押し付けるのは止めてください。

そんな魅力の無い人が発する言葉から、なにも得ることはできません。

なにも学ぶことはできません。

現代は何でもある時代なんです。

何から学んだら良いかは自分で選択します。

だから、無理矢理読書させるのなんて言語道断です。

私は自分で選択して「読書」を選びました。

皆さんはどんな手段を選びましたか?

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『QED 竹取伝説』 高田崇史

QED 竹取伝説 Book QED 竹取伝説

著者:高田 崇史
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

歴史の謎をミステリと絡めて(本当に絡まっているのか?とは質してはいけない謎)描くQEDシリーズの第6弾。

今回のテーマは『竹取物語』。

最近、タタ奈々にハマってまして(爆)

タタ奈々というのは、このQEDシリーズに出てくるちっとも進展しない一組の男女のことです。

このシリーズで探偵役を務めるのは本名:桑原崇。崇と祟るの漢字が似ているからという理由でタタルとあだ名される、酒豪の薬剤師です。

もう、この紹介文だけで、お近づきにはなれない臭いがぷんぷんしますね。

そのタタルさんの良きパートナーに、薀蓄聞き上手の奈々くんという女性がいまして、いまこの二人の関係が気になって気になって気になって仕方が無いのです。

いい歳した大人が何たってるんじゃあ!とちゃぶ台ひっくり返したくなる関係。

それ目的に今回も『竹取物語』を再読させていただきました。

さて、感想です。(ここからはさらっと核心に触れます。ご注意ください。

たかが迷信、されど迷信。

タタルさんの言葉ではありませんが、言葉には呪があるんですよ。

ラストで犯人が「そんなものは迷信だ」という言葉に何度も何度も反論していますが、呪にかかり、呪によって人格を構成されてしまった人間にとって、その「迷信だ」という言葉はなんの効力を及ぼさないんですよね。

話は逸れますが、私は小学1年生の時の学芸会でかぐや姫の役をやりました。

見目麗しい小学生だったわけですね(自分で言うか)。

そんな私もある呪を受けて人格形成されました。

それは「小さい頃可愛かった子は、大人になるとブスになる」という呪。

私はその呪の通りに育ってしまったわけです。

これも呪。いくら迷信だと言われようが、こうなってしまってはぐぅの音も出ません。

って、これはちょっと違うか。

私は『竹取物語』のかぐや姫が出す無理難題っぷりがすごく好きなので、タタルさんによって暴かれるかぐや姫の悲しい人生を聞いて、なんとも言えない気持ちになりますが、物語の中で輝き続けるかぐや姫はしあわせなんだと思います。

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自己紹介

まじょ。のブロ愚にようこそ。

まじょ。の偏った読書癖をレビューとして垂れ流しです。

読むミステリも偏っていれば、

読み方もまた偏っておりますが、

どうぞよろしゅう。

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